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思いがけずピンポイントで達成できている人生

 

本日の記事はテーマがあちこちに飛び、しかも自分語りの長いものとなっております。

 

 

 

Wiesbaden(ヴィースバーデン)は小さくまとまったとても美しい街でした。

その綺麗さはウィーンを彷彿とさせ、至る所綺麗に丁寧に修復され手入れされて、ピシッと完璧に整っているという感じなのです。

そうそう、こういう隅々まで清潔できっちりしている場所が私は好きなんだよなぁと実に気分良く嬉しかったです。

 

これは1902年に掛けられた橋(下は車道)。その袂には3世紀ローマ時代の壁があります。

 

 

市庁舎

 

何が綺麗って、こういう戦前の大変古い建物が至る所に最高の状態で残っていて、しかも今も完璧に手入れされ使われ続けていること。

 

 

こういう古い建物はやはり修復の回数もお金も沢山かかるもので、良い状態にキープし続けて中も最新の設備で使っている、というのはつまり金銭的に余裕があるということ。

もちろんそういった古い建物が放置されっぱなしで、しかし辛うじて何とか住めないこともない・・・といった状態のモノもたくさんドイツには存在します。

私がよく書いている、学生時代に住んでいた廃墟がまさにそれでした(ぐぬぬ

なのでそういう建物にどれだけ手入れが必要か分かるのです。

 

 

そんなわけでこの街は建物を見ながら散歩するだけでも感心し切りでした。

 

 

ウィーンもこんな感じで『 あなた美術館?』みたいな美しい建物が沢山ありますよね。

イタリアの北部もお金のある街は同じく芸術作品のような建築物が普通に街中にたくさんあって、日頃から市民に普通に利用されているわけです。

そういうのが好きでね!

これは噴水の写真ですが、後ろに映っている建物もそうなのですよ。

 

 

ヴィースバーデンには一人で行きました。ものっすごーい久々の1人旅です。

私は最近自分のことについて考える時、例えばブログ記事について色々考えあれもこれも沢山書きたい濃い内容が出て来るのにまとまらず、いよいよ本格的にアホになってきたのでは?と思っていました。

しかし天気も気候もいい日にこの美しい街を ひとりで気分よく散歩していると、ちゃんと以前みたいにピシッと考えがまとまる!Oh~!

何かに思考がばさばさ横道に引きずり込まれることなく、一貫して一つのテーマで考えられてまとめられるのです。

そっか、アホになったんじゃなくて私がいる環境か・・・(やっぱり)と気付きました。

 

 これはカイザー ヴィルヘルム 一世さん。

 

でもこれも家に帰って来たら一撃でまた『 思考のまとまらない状態 』に戻りますよね。

子供たちと一緒に暮らすということは彼らが人生の真ん中に来るということで、常に思考の真ん中に子供たちがどかっと座っていること。そして常に近くを彼らが走り回ったり話し掛けてきたり喧嘩していたり大声で歌を歌っていたり・・・それを認めて許容し、受け止めつつ生きるということ。

子供と一緒に生活するということは吹きすさぶ嵐とともに、その真っただ中で毎日の生活を送るということ。

 

ただ私は一人の時間がないと本当に死にそうになるので、たまにその嵐から顔を出し息継ぎをして(=一人時間を作って)またびゅんびゅんものすごい勢いで回転する嵐に潜っていく。

そんな感じで毎日を送っています。

自然現象と同じで嵐も来ては去っていく。その間に嵐も形を変えいくつかに分かれたり、勢いを増したり、緩んだり、どんどん変化して行く。その変化して行く嵐は私が真ん中にどんと居座っていることを希望しているし、当然としている。それが彼らには自然で必要で、私が今人生で最も大事にすべきことであることも知っている。

でもこれも期間限定。だからしばらくは嵐の真っただ中に鎮座する役割を第一に生きていこうと思っています。

 

 

1人で気持ちいい風に吹かれながら、美しいヴィースバーデンの街を散歩している時気付きました。

私の願いは叶っているなあと。私は今世ですべきこと、やろうと思ってきたことを良い感じで出来つつあるのではないかと。

 

どんな人生を送りたいか?と考えた時、たしか小学校の卒業文集的な何かでそんなことを書かされた気がするのですが、その時私は『 世界中を飛び回る人生を送りたい 』と実に私の命式そのままな夢を書いたのです( 当時はもちろん算命学も命式も知りませんでしたよ )

その後年を重ね “ 他人様に自慢できるようないい大学を出て、医者か弁護士か公務員といったこれまた他人様に自慢できる安定したいい職業に就いて、幸せな結婚など甘ったれたことを考えずに女一人で逞しく生きていけ! ” という親の全力司令&コントロールを如何に退け、自分なりに上手く親と縁を切りつつ満足いく人生を生きていこうかと考えた末、日本でのあれこれをずばーん!と断ち切ってドイツで楽器一本で生きようと思った。そしてそれがそれなりに叶って楽器一本持ってあちこちの国々を飛び回り演奏活動をすることも叶った。

ただ途中で楽器から離れたり、結婚したり子供を3人授かったり・・・当初想像していた現実形態とは少し違ってる。

 

でもそれで全て正しかったのだと今なら分かる。

ソリストとして第一線でずっと世界を飛び回り活動する生活は、子供3人を自分の手で育てる生活とは両立しない。子供という嵐3つの中心に鎮座しながら世界を飛び回り演奏は出来ない

現実では少しずつ少しずつ当初思い描いていた路線から逸れて行ったけれど、実現するための形が変わっていっただけで、本家本元の願望であった『 世界を飛び回る人生 』は実現できている。それもピンポイントで私の好きな方向、これが大事!という欲求を満たしつつ。

昔はここまで絵を好きになったり、自分がやっている楽器以外のクラシックの世界にまで意識が向かうとは知らなかった。芸術をここまで欲し、芸術にここまで助けられる体質になることも知らなかった。そうなることも織り込み済みで、私はこっちに引っ張られていたんだなあと思う。

第一線で楽器を演奏しながら世界中を旅する生活はそれはそれでやはり魅力的だけれど、今考えると今の私の生活の方が断然私に合ってる。ピッタリ合ってる。

当初思い描いていた夢の軌道から少しずつ離れていくのは当時苦しかったけれど、同時に『 この流れに乗っておいた方がいい気もする 』とも思っていた。あの時の直感は正しかったね、と最近よく思うのです。

 

 

たとえばドイツに来た当初は『 こんな国さっさと出てやる 』と思っていました

今ならそれが何故だか分かる。当時いた街が合わなかっただけ。ドイツは街によって本当にカラーが違うので、一つの街を知っただけでドイツを知ったとは全然言えないのです。

 

それはともかく、じゃあどの国に行こうか?と考えた時、実はアメリカにいく道もあった。カリフォルニアの教授が『 君だったら今すぐでも受け入れる、全然来てくれてOK!』と言って下さっていたので。でも実際のところ私自身がアメリカという国に行くのは全然違う気がしていた。アメリカという国を好き嫌い言う以前に、自分の意識に中にない存在だったから。またそれに向かって自分はとりあえず色々動いてみるのだけれど、現実は微動だにしなかった。アメリカだけじゃない、スペイン移住も考えたし、イタリアもいいかも知れないと1か月住んでみたこともあった。でもやっぱりそっち方向に現実が1㎜も動いて行かなかった。

これは日本で『 ドイツに行こう 』と決意した瞬間から、自分がついて行くのが大変なほど現実が一気に展開して行った経験に比べてあまりに対照的だった。

だからこそ『 これはこのままドイツに居ろということだな?ドイツに居続けることが私にとって何か意味あることで、それが後になって分かって来るのかも知れない。もしドイツが “ ここじゃない ” のであれば、決意した瞬間に現実が動き出すはずだから。 』と思ったのをはっきり覚えている。

 

ベルリンでケーテ・コルヴィッツを観に行った時

ベルリン、ケーテ・コルヴィッツ美術館(1)
母親をしている私ももちろん私なのであり、私個人・単体から切り離せないし 切り離したいとも思わないし一緒でいいのだけれど、このブログに向かう時は 子供と繋がる以前の私個人からの継続である私単体でありたいのだと思う。純粋に。...

 

行きも帰りもずっとFrank Peter Zimmermann の演奏する、ベートーベンのバイオリン協奏曲を聴いていた。

 

これは彼が以前のこの ↓ シューマンを演奏した時のインタビューで

壬子でやはり調舒星持ちのフランク・ペーター・ツィンマーマンを聴いた
いやもう大満足! 大満足どころかだばだば泣きながら聴きましたわ・・・こんなの久々。 昨日我が街デュッセルドルフのTonhalleという私の行きつけのコンサート会場でシューマンフェスティバルが始まりまして そ...

 

彼が一瞬ベートーベンとブラームスについて言及しているところがあったからです。まず彼のシューマンにドはまりし、その後彼のベートーベンにドはまりして、毎日一体同じ曲を何回聴いてんの?というくらいこの動画の再生回数に貢献しているのですが。

 

ベルリンにバカンスに行き街のカラーに魅了され、ケーテ・コルヴィッツというドイツの画家に圧倒され、道中はZimmermannというドイツのバイオリニストの演奏するドイツの作曲家、ベートーベンにドはまりする。

あれだけドイツが嫌で出たかったのに、気付いたら誰よりもドイツにはまり込んで、心から満足してこの地で生活している。その満足はまさに私の好みど真ん中ドストライクで 『 もう少しこうだったらなあ 』がない。本質の部分で『 そう、まさにこれ!』と清々しいほど的を射て叶っている感じ。それも当初思い描いていたよりももっと大きく濃く。

これか。あの時思い通りに現実が動かず、この国に引き留められたのはこれが待っていたからか。

と20年くらいの時を経てようやく納得している次第です。

 

若い時は自分の設定した夢の実現に我武者羅に邁進し、絶対これじゃないと!と固執する。それでもいい。でもそれが叶わなかったり、上手く行っているのに軌道が逸れて来たりしてがっかりしても 自分の人生を信頼する ということをやめなければいいのではないかな。そうすれば人生は想像もつかなかったような超展開で夢の実現を見せてくれる。

 

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