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ヘルマン・ヘッセと自力本願の神仙の話

 

あの幻のIKEAたらこチューブをドイツ生活26年目にして初めてゲット!(遅すぎるやろ)

ででん!

 

いや、これ買わなくても私の住むところは良いアジア系スーパーが沢山ありまして、本物のたらこが手に入るのですけれどね。でも1度は買ってみたいじゃないですか、経験として(←龍高星小躍り・ IKEAって8年に1度くらいしか行かないからさ。これでたらこスパゲティができるんですってよ奥様。楽しみ楽しみ♪

 


 

 

Wissen kann man mitteilen, Weisheit aber nicht.

Man kann sie finden, man kann sie leben, man kann von ihr getragen werden, man kann mit ihr Wunder tun,

aber sagen und lehren kann man sie nicht.

Hermann Hesse,Siddhartha

知識は伝えることができる、でも知恵はそうじゃない。

知恵は見つけるものであり、それを生きるという性質のもの

自身がその一部となるものであり、その奇跡を成すこともできるようなもの。

でもそれを語ったり学んだりできるようなものではないんだ。

シッダールタ』より、ヘルマン・ヘッセ

 

さて。

算命学も四柱推命も、元はと言えば古万象学に端を発しています。

古万象学というのは道教、儒教、そして仏教の哲理以前に生まれた暦学思考および陰陽説、五行説をひっくるめたものであり

新万象学はその後に出て来る道教、儒教、仏教の教えもそこにプラスしたものです。

 

で、四柱推命も算命学も古万象学から発生しながらも後に道教に吸収されて行きます。

 

この道教というのはもの凄い範囲が広大で、大雑把に分けると以下の3つに区分されます。

 

  1.  老子・荘子などの思想、哲学など学問系
  2.  大衆道教: めっちゃ他力本願な救済をメインにした宗教
  3.  神仙: 自分で出来るで?ていうかやるんやで?な自力本願系

 

その中で、四柱推命や算命学は3番目の神仙自力本願系の流れの中で発展していくのです。

神仙は永遠の命と高い精神性を求めるのですが(なので東洋医学もこの流れを汲む)仏教の密教とは違って上から救い上げる発想はなく師が弟子に方法のみを伝授して、弟子は自力で究極を求めよ とします。

 

この核の部分、別の言い方をすると以下の通り。

道教では

道は学ぶことはできるが教えることはできない

と言われる。

言葉で言い表すことのできる道は真の道ではない とされ

道士の書物や言葉は道を指し示すものに過ぎず

真の 「 恒常不変の道 」 は各自が自分自身で見出さなくてはならない 

とされている( wiki )

 

ベースになる枠やポイントは教えたるから、その後は自分でやるんやで?何でも自分でやってみんとホンマのところは分からんからね?特に人生で大事なことなんて人それぞれやねんから、人に教わるようなことやないねん。

てことです。

 

これ、一番上に書いたヘッセの文と同じですよね。

上の文章はヘッセの「 シッダールタ 」という仏教背景の創作話からの一節なのですが、ヘッセの文章の根底に流れるのはいつも

 

周りが何と言おうと自分でやってみてええんやで

だって自分の人生やろ?

そこでこれと自分が思った道を信じて進んで行けばいいねん

 

であって、私はそこがすっごく好きなんですよね。文章の美しさもさることながら。

ヘッセは丙子の人で天報星持ち、壮年期は天将星。それらはどちらも極であり、極を境にした二つの世界を見通せる人。彼の文を読んでいると、この人もこの世とあの世の中間に立っていてダイレクトにそこからメッセージを発してるよなあ、とよく思うのです。

 

応援ありがとうございます♪  

 

彼が道教を知っていたかどうかは分かりませんが、算命学では人間=小宇宙。外側の自然界を含む大きな宇宙を観察するのも、自分個人という人間をじっと見つめて深堀りして行くのも、結局は同じ真理に辿り着くのです。おもしろいですね。

 

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