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自分と世界や次元が違う人との遭遇(2)宿命に害や半会・大半会を持つ人

 

この間書いたこの話と一見矛盾しているようでしていない話を書きます。

異次元不渡りの法を知り身を守る(1)
異次元不渡の法というのは、人は基本自分と同じレベルの人間としか関わりを持たない、縁を持たないというこの世の決まり。流れ。平たく言うと、類は友を呼ぶですね。

 

異次元不渡りの法とは単純に言うと、この世界では自分と同レベルの人としか縁を持たないよという決まり。

この異次元不渡りの法が完全にバッチリきっちり行き届いているのは、実はあの世です。肉体から離れてこの世からおさらばしあの世に帰ってしまうと、自分と同レベル・同じ世界の存在以外と接することはまずありません。

 

一方この世には異次元不渡りの法がシステムに組み込まれていながらも、実は緩い。締めが甘いと言いますか、枠が緩いといいますか、例外がちょくちょく出て来る。これはきっと皆様もよくご存じでしょう。色々な人と知り合い接するとどうしても価値観の合わない人、意識の向かうところが全く異なる人、住む世界の違う人、『 なんじゃこりゃ??』な人に遭遇しますよね。

 

これやねん、この世の醍醐味は! ←急にうるさい

 

向こうの世界では経験できない “ 自分とは本質が異なる人と触れ合うこと ” で強い刺激を受ける。その刺激によって急激に自分を磨いたり転げ落ちたり、成長したり退歩したり、自分と異なるものを認識することで自分を再確認する。再構築する。確固とした根を築いていく。私とはこうなのだを思い出し、同時に作り上げていく。人間誰しもそのためにこの世に生まれて来たという意味があります。

 

そこで昨日の記事の続きになるのですが

自分と世界や次元が違う人との遭遇(1)
人生『 禍福は糾える縄の如し 』。今世内でもそう、でももっともっと長いスパンで自分の存在を考えた時もそう。ここでも陰陽がバランスを取りながら表になり裏になり、山に登り谷に下り進んで行く。

 

宿命に半会・大半会を持つ人は、今世は特にそこを重点的にやってみよう!と思って生まれて来たのではないかな。

害は異次元、価値観の異なるものとの遭遇、それによって精神と現実の不一致状態が生まれる。なのでストレスが溜まりやすい。そこを放っておくと健康面に出やすい。

半会・大半会は異次元や価値観の異なるものとの融合。異なるものと組むことで前進力を生んだり、結果を予想よりはるかに大きくしたりできるんだ!を経験すること。

 

宿命に半会・大半会を持つ人は後天運による波はあれど、生涯を通じてこの現象がついて回ります。異次元不渡りの法が有効な世界に居ながらもその例外であるこの世特有の現象、つまり自分とはレベルの違うものに遭遇しやすい設定にしておいた。何故ならそこを重点的に経験し、どう対処し、慣れ、キャパを広げていけるか、その能力開発に今世は特化しよう!という部分があるからでしょう。

 

しかし自分と異なるものと自分をすり合わせていく、ぶつかりながらも学んでレベルUPする・もしくは同レベル以下に落ちるなど、いずれにせよハードではありますよね。でもハードだからこそそこから得られる果実は大きい。この世で得てあの世に持って帰れる収穫は大きいのだろうな、次に繋げる経過段階としては大きな前進になるのだろうな、なんて考えていました。

 

かくいう私は害も半会も持っておりませんので実感としては何とも言えませんが、お持ちの皆様いかがでしょう?

 

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価値観の異なる者たちが入り乱れるこの世

上『 お前人前に出る時はせめて服くらい着ろよ 』

下『 パンイチやからって槍刺すことないやん、うわーん!』

中『 ってさり気にわしの馬にのしかかるのやめてくれへんか?』

聖パウロの回心 1600年頃 by カラヴァッジョ

 

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