ちょっとこの間CSSを触りましたら、TopページのPC表示での文字が全部太字になってしまいましてね(もしかすると携帯でも?)誠意捜査中&修理中でございます。見辛くてすみません。
さて。
先日も鑑定中
クラシック音楽のソロのコンサートは命削りながら演奏するよね
という話をしていたのですが(だから何の話してんねん)、私は本当のところ
算命学の鑑定も全力出しすぎってくらい全部出し尽くしてやっています。
私が楽器のソリストでコンサート活動をしていた時はもちろん人生をかけて、自分の持てる全てを出し尽くす勢いで毎度臨んでいました。コンサート後は椅子に倒れ込んで立ち上がれんかったもんね・・
でも一度そういう生き方を経験してしまうと
それも自分で納得して好きでやっていることを仕事にできて、そこに毎度全力を出し尽くさざるを得ない仕事を選んでしまうと、そうじゃない生き方では物足りなくて『人生こうじゃない』感に押し潰されそうになるものです。
なので音楽から離れてしばらくそういう対象物が見つからない時期を過ごした後、不意に算命学というものに出会って『うわっ、見つけた!これだ!』と分かり、またここで燃焼し尽くす生き方ができるぞ!と思った時は嬉しかったものです。
そしてそれを継続しています。
だってやっぱり全部エネルギーも知識も集中力も何もかも持てる全てを出し尽くすので、鑑定終わった後は倒れる以外何もできなくなりますもの(笑)
今回春に一時帰国する第一の目的だって、国会図書館で原典算命学大系の情報を仕入れることですし(だから故郷の関西じゃなくて東京に滞在するのだ)。ここまで全力でやってなければ、こんなアホみたいに凄い金額、往復の旅費をかけてわざわざ専門書を貪り読みに帰国しないよね。
以前『こりゃぁ私の前世の一つだな』と思しき光景を夢の中で経験したことがありました。
そこで私はまさにこんな筋骨隆々の戦士で
右手にまさにこういう剣を持って全速力で馬で駆けているのです。そして隣には敵が同じくらいの速度でこれまた馬に乗って並行に走っている。
何故それが前世の一コマだと分かったかというと、その疾風のように駆け抜ける馬上で自分の肌や髪の奥をびゅーっと風が通り抜ける感覚を
うわっ、これ無茶苦茶懐かしい!これ日常的に経験してたやつ!
と分かったからです。今世では一度も馬になんて乗ったこともないのに。
で、いざ一騎打ち!となる瞬間
これまで生きてきた中でやれることは全部やって来た
ここで全部出し切ってもしそれでもダメだったら、それはそれで悔いはない
だってこれ以上のことは出来ないという限界まで頑張り続けてきたのだから
あとは運を天に任せよう
と思うのです。
夢から覚めてすっごい笑っちゃいましたよ。
だって
表向きはやってること全然違うように見えながら(戦士とか音楽とか算命学とか)
生きる姿勢はいつも同じやん!
すっごい私らしいな・・・いつもこんな感じやねんな
と。
そんな風に全力出せる場を見つけられた私は幸せ者ですし、それにお付き合い下さる皆様にもありがとうです。
そして人間の本質って意外にずっと変わらないものなのでしょうね。
本日もお読みいただきありがとうございました。
Eric Le Pape
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