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人生の流れの決まり方

 

最近

あなたは本当にその人生を送りたいのか?

何度も何度も確かめられている感覚がある。

そして

なるほど、人生ってこんな風に決まっていくんだな

と感心している。

 

あなたは本当にその人生を送りたいのか?

の その人生 とは今世ではない。

私の人生観はこう:

Jan Lisiecki(ヤン・リシエツキ)氏 のピアノと「それ」に繋がる瞬間(3)
殆どの人間は この世という区切り内 でしか物を考えにくい。 私も多分そのうちの一人。けれども今世だけで見たら割に合わないことも 多分、もっと大きな視点で見れば辻褄が合うようになっている。

その流れで私が最終段階として予定している人生。

次回なのか、その更に後の人生なのか、それは分からない。

ただ私がそこでやりたいこと、やろうと思っていることは

何かと掛け持ちで何となくほどほどに、あれもこれも適度にバランスよく

みたいなものではなくて、それ1点に全集中しないとできないこと。

全てを賭ける生き方。

 

その前段階として今がある。

もちろん今世も本番。

でも本番でありながら、且つ最終目的への流れの一部で、前準備でもある。

 

なるほど、人生ってこんな風に決まっていくんだな

と書いたのは、きっと誰もがそんな流れの中で生きているから。

こんな人生を送りたいと、この世に生まれてくる前におおよその人生をデザインする。

でも大抵は1回の人生では足りないような目標で、それを堪能し切るにはいくつか人生を経験してからの方が楽しいから

だから何度も生まれたり死んだりする。

そしてあの世であの世の価値観や感覚でああだこうだ計画するのと、実際にこちらに生まれてきて経験するのとは大違いなので

色々計画してきたけど、あれ?実際にやってみたらそれほど魅力のあるコースでもなかったなとか

ここまで苦しい階段を上らないといけないなら別にそれを達成できなくてもいいわとか

いや、実際にこっちの世界に来てみたらもっと面白い流れもあるなあとか

こちらの世界でもあれこれ経験しながら最終目的、終着地点への流れを

自分の魂はその都度確認、変更してるんだなと。

その感覚を強くひしひし感じています。

ある時いきなり神様に

あんたの人生の青写真はこれや

と押し付けられるわけじゃない。

常に自問自答して自分で方向を定めている。

 

私はその一点集中全振り人生を最終的に経験するために、今世では結婚前に十分その下調べを経験できた。

なんと効率よく進んできたのだろう!と正直感嘆している。

ただ家族を持つということ、特に女性として生まれて子供を産み育てるという経験はそれとは絶対に両立し得ない。

そもそも両立できそうかどうかも、自分でやってみて確認したかった。

そしてそれは絶対に不可能だと分かった。

というより、両立できるような形では両方が中途半端になり私が満足しないと分かったのだ。

 

人間はこの世で経験したいことを1回の人生に全部詰め込むわけではない。

何回かの人生に無理なく振り分けて、それぞれに十分経験して

最終的には長い目で見てあれもこれもコンプリートしました

という進み方ができる。

その終着点に向けてどう進みたいのか。

寄り道をいくら増やしても良いし、途中でやめてしまってもいい。

色々な人々を見て、この世界は人生のカタログのようだと思う。

あれもこれも実は可能。

でもそれを本当にやりたいのか?

凄く大変でもその進み方でいいのか?

あれが飛び出る代わりに、これは体験できないけどそれでもいいの?

みたいな疑問を常に突き付けられている。

誰に?といえば、きっと究極的には自分が自分に確かめているんだろうと思う。

 

そしてもの凄くハードで孤独で辛いんだけど、きっと私は当初の予定通りそっちに進んでしまうのだと思う。

何をどう考えても私はそこにしか興味がないから。

この世に広がるありとあらゆる人生カタログを眺めてみても、私の興味を引くのは一点のみ。

それ以外は全て同じに見える。

 

そしてその最終段階とは全く無関係に見える現状がそこに繋がるためにも

今人生を賭けて大切にすべきは子育てと家族のことだというのも分かっている。

これ以外にない。

具体的に何がどう繋がるのかは分からないけれど、ここは絶対に外しちゃいけないと知っている。

 

 

ちなみにこれは私が勝手に思っていることなのですが

宿命に冲動がある人、二度運の人なんかは、人生で1度は大きな方向転換をすることになると言われます。

これって今回の人生では、次の人生に向けて2つ大きなことを経験しておくと自分が満足だよ

そうすることで納得して次に進めるよ、という意味

もしくは

今世が大フィナーレの人生で2つの大きなテーマを一気に経験できるよ

という意味なのだろうな、と。

1つの人生で1つのテーマ じゃ飽き足らないせっかちさんなのでしょうね(笑

 

 

 

The Little Fruit Seller, 1879 Sargent フルーツを売りながら転寝(うたたね)をしながらあの世と交信中(笑

 

応援ありがとうございます♪  

コメント

  1. こんにちは、初めてコメントします。私もお隣の国で子育てしてます♪ 同じく帝旺もちです〜

    今日同じようなことを考えていました。急に思い立って、私と気質がよく似ている姪の命式を見ていたら、自分とよく似ている成分で構成されている上にどう考えても結婚も出産もしてくれるな!早めに家出ろよ!(母親ドンマイ)みたいな圧を感じました。

    私の命式よりさらに分かりやすくダイレクトな圧です笑

    何か似たようなものを背負った魂なのかもしれない、この子の助けになれたらいいなと同時に思いました。

    こうやって、一族の誰か、あるいは自分の魂がいつかどこかで報われたらそれでいいと研磨するのがこの世なのかもしれませんね。

    ちょっと切ないけど、可愛い子供を一度抱いてしまったら絶対に離せませんよね〜

    また記事楽しみにしてます!

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