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自分で決めたと知っているからこその葛藤(2)

 

前回の続き:

自分で決めたと知っているからこその葛藤(1)
私は小さい頃から 『 私の子供は3人 』 と思っていました。 3人欲しいな~ とか 3人かも知れないな~ とか 3人だと既に知っている などではなく 断定型。 結婚後『あ、双子を授かるわ!』と分かった時があって (...

 

その時は子供の人数まで決めた記憶はありません(多分私の記憶にないだけ)。

でも以下のやりとりはハッキリ覚えています。

 

ナニモノか『 で、子供と仕事やけど・・・』

 

私『 ハイ~! ≪ 全部 ≫ ≪ 自分で ≫ とことんまでやる。決まってるやん。』

 

ナ『 いやでもな、あっちの世界にはこっちと違って色々制限があるねん。パッと思ったことを全部同時に思い通りに進行させるって無理よ?だから仕事を本気でやりたいなら、それしてる時間は誰かに代わりに子育てをしてもらったり・・・』

 

私『 ハイ却下っ!それは私の生き方じゃない。』

(←だから誰に向かって口をきいている)

 

その時から “ 仕事に全力投球するために子育ては誰かに任せる的な生き方 ”では なくできるだけ子供が母親を必要としている間は一緒に時間を過ごして、必要とされることを自分が手を掛けてしようと決めていたのだと思う。

その期間は自分の人生の中で子供のことは絶対的に最優先事項であり、最も重要であり、生活の中心である、と。

 

ところで私はあちこちとにかく飛び回りたいという性質がある。

これは子供の頃からで、しかし隅々まで毒親にぎっちぎちに監視されるプライベート皆無な生活で自由に飛び回れるわけもなく、ずっと

『 将来は世界中を飛び回って生活するのだ 

と心に固く誓っていた。

 

渡独してから演奏関係でヨーロッパや日本はあちこち飛び回ることが出来たけれども、やはり子供が出来てからはそうはいかなくなった。

子供が出来たことで苦しいのは、一人の時間が取れないなど色々あるけれども、今一番苦しいのはこの『 飛び回れない、大きく動けない 』なのです。

動き回るという観点でいえば私にとって最高に理想的なのは、一応どこかの国に借家はベース基地的に存在するけれども、普段は世界中を仕事をしながら転々と移動する生活。

実際この形態で生活している人はいるけれど、やはり皆さん小さい子供はいないのよね・・そりゃ無理だわ。

 

でも子供は欲しかった、持つことを決めてきた。つまり

 

子供>>移動の自由

 

と優先順位を自分で決めて生まれてきた。

 

そして子供が小さいうちはやはり子供自身が

『 ここが僕たちの場所 』と思える土地で、ある程度決まった友人たちと人間関係を作っていけるところがいいような気がする。何となくだけど。

というわけで、未だにずっとここにいるわけですが・・・。

 

先日夢を見ましてね。

例の生まれる前にいた場所で、例のナニモノかの前で

 

私は土下座してお願いしてるわけです。大号泣しながら。

 

のび太レベルの大号泣ですよ。

 

( ´∀)σσ明日に続く

自分で決めたと知っているからこその葛藤(3)
前回の続き: あっちの世界では感情がダイレクトに伝わるのでイチイチ言葉に直して直訴するわけじゃないのですが、だいたいこんな感じ。 私『 頼むから飛び回らせて下さい、もうここにずっとじっとしてるのホントに嫌なんです、死...

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