この間のこの素晴らしかったコンサートで
私は音の渦に包まれながら
これだ。
私が最高に好きで、最高に幸せになれる喜びの種。
これだ。やっとピンポイントで出会えた。
と思っていました。
世の中人を幸せにするものや出来事は星の数ほどあれど
これなんだ、まさにこれだ、これ以外の何ものでもない
私がずっと求めていたのはこれだ
と、細かい細かい毛細血管の先端までぴったり合致するほど、違和感の片鱗もない、完璧な満たされ感をもたらすもの。それを私はずっと無意識に探究してきたのかも知れないと思ったのです。
何故なら、全細胞が幸せにじーんと心地良く振動しながらも、その時不思議ととてもしんどかった学生時代の感覚を思い出していたからです。小中高と本当に何をしても1㎜も楽しいと思わなかったし、毎日が本当にしんどかった。その時期というのは大抵の子供にとって楽しいものなのでしょうが、私は周りの同級生を見ていつも
一体何がそんなに楽しいのだろう?何がそんなに面白いのだろう?何故そんなに笑ってるの?
と心の底から不思議でならなかった。
別にこれは上から目線で周りを見下していたとか学校が云々とかそういう話では全くなく、偏(ひとえ)に私個人の側の理由だというのが今では分かります。年を追うごとに家での “ 母からの支離滅裂で暴虐を極める私への欲求と態度 ” が度を越し、私は全ての細胞にまるで錘がぶら下げられているかのようなどんよりしすぎた重すぎる毎日を送っていました。
あの時のことを今でも時々夢に見ます。
ああまたこの何の面白みもない、好きでもない、やりがいも自由もない中学高校生活をやり過ごさなくちゃいけないのか・・と途方に暮れる夢です。
何をやっても楽しくなかった。幸せでなかった。( 唯一許されていた習い事の楽器を演奏している時だけは別 )
何をやってみてもと言ったところで、私がやってみたかった学校のクラブ活動や、友達と待ち合わせして遊びに行くとか、テレビを見る、ラジオを聞く、雑誌を読む、髪にドライヤーを当てる、ちょっとショッピングに行く、友達とちょっとお茶して帰るとか・・・洗濯機を使って洗濯することですら、全て禁止でしたけどね(私だけは自分のものを手洗いさせられていた)。況や化粧やバイトをや、です。
やりたいことを片っ端からニヤニヤ顔で潰される毎日の中、許されることなんて学校の勉強だけ。塾ですら『 お前ごときに金なんか出すか 』で禁止だったあの時期、自分が本当は何が好きで、何をすれば幸せを感じられるか分からなかった。好き嫌いを感じることすら唾棄すべきものとされていたあの頃。
ちょうどこの記事で書いたマリアナ海溝、チャレンジャー海溝あたりに深く沈んでいた時期。
そこから自分の細胞一つ一つに取り付けられた錘、足枷をこれまた一つ一つ外し、長い時間をかけてゆっくり水面まで浮上する。更に制限が掛かっていたことを自分で自分に一つ一つ許していき、自分にはこれを許してもいいんだ、これをする権利もあるんだと自分の世界を広げていく。
そこでようやく辿り着いた『 これだ!』。
自分に『 好き 』を許し、感じることを許し、感覚を信じることを許し、やってみることを許し、それらを繰り返すことを許し、ようやく辿り着いた自分の好きな世界の自分に合う意味での最高峰。
学生の頃には想像も出来なかった人生。
ここまで来れて嬉しいな、と素直に思う。
ここまでぼんやりとでも
自分にぴったり合う『 これだ!』がこの世にはきっとあって必ずそれに出会うから
そしてそこには必ず意味があるから諦めずに探そう
と続けてきて良かったと思う。
人生なんてまあこんなもんだよ・・と何となく諦めた感じで人生が終わらなくて良かったと思う。
この世界には自分に完全に合う世界があり、そこには自分の好きと完全に一致するかそれ以上に燦然と輝く星があり、それは人生の道標となり、人生は生きるに値するものなのだよと教えてくれる。人生は捨てたもんじゃないと示してくれる。この世界はより良き素晴らしい世界と背中合わせに表裏一体で存在しているということも見せてくれる。そして我々は皆その両方の世界の住人であるということも思い出させてくれる。
やっと見つけた私の『これ!』。皆さんにもあると思います。まだ見つけられていない人も、そんな燦然と輝きながらあなたを待っている星がきっとありますよ。
Woman in the wilderness, 1923 by Alphonse Mucha
本日もお読みいただきありがとうございました。
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