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自分と異なる他の存在から自分を認識し、確立していく実践の場がこの世界

 

異気集合論と天馳星の関係についてずっと書こうと思っているのですが

異気集合論ってどこに載ってたっけ??と思ってあちこちの本を探し始めたら、やっぱり算命学

あれもこれも面白くて全然違うところばっかり読み込んじゃいますね。

(異気集合論、原典算命学大系にあるのは知ってるのですが、そこの部分コピーしてこなかった・・次回に期待しよう)。

というわけで異気集合論と天馳星の話は今回はパスして。

 

算命学の本に

十干については単に自然の元素分類的に考えず、大自然の創成期にまで遡って考えるんやで♪

とありまして、そこに

『 宇宙は始め混沌とした光の海だった。その海には陰陽も境もなかった。これが太易の始まりである。』

老子の道の思想と同じ言を借用しているとあるが、宇宙がまず陰陽に分かれたということは

光の部分と暗の部分に分かれたということであり、ここが宇宙の太初の時である。

と宇宙の始まりについての描写があるのです。

これについては、全く違う分野の本ですが

神との対話 三部作 1~3巻 セット(サンマーク文庫)
神との対話 三部作 1~3巻 セット(サンマーク文庫)

この3冊の中のどこかに同じ説明があります。

始めは全てが光だけだった

その中で意思を持った存在が周りを見回しても自分も光、周りも光で自分を認識できないと気づいた

そこで全く違う世界=闇が出来た

みたいな感じの説明だったと思う( もう15年以上読んでないのでうろ覚え )

 

更に、自分と異なる他の存在をより身近にリアルに感じて、自分を他との違いから認識したり、確立したりできるのがこの世。

それを体験するために特化された世界がこの地球上の世界とも言えるので

社会の言う『 これぞ理想の人生=良い子基準 』なんかに同化してる場合じゃないんだよね。

良い子基準はある一つの指針として存在してもいい。むしろあった方が良い。

皆取り敢えずそこを目指して頑張る。

でも皆持って生まれた性質も能力もエネルギーも何もかも全然違う。

ということはその良い子基準と合っている部分、合わない部分、合わないとしてもどこがどれだけ合わないのか

人によって全然変わってくる。

取り敢えず理想とされる人生経路に乗ろうと本気でチャレンジすることで初めて、具体的に自分がどうなのか把握できる。

そしてこれじゃないと分かったら、もうその時点で『 良い子基準 』はあなたの人生において役目を終えた。

どうもありがとう、私はこれから自分の道を行きます。さようなら。

でOK。

 

 

本当の意味での人生の成功・失敗や満足度というのは

自分が如何にその良い子基準からズレているのかを認識し、その上で自分の道を歩み出す勇気を持つかどうかにかかっている。

良い子基準と持って生まれた自分のカラーが偶然にも結構一致する人はそれで問題ない。

全然OK。素晴らしい。壁が少なくて良かったね、である。

でも本来人の数だけ中身が異なるのだから

みんな違ってみんないい

どころか

みんな違ってないとかなりマズイ、超不自然

というのが本当のところなんだろうな、と思っている。

でも多くは自分を顧みず、外の基準ばかりに目が行っている。

そしてそのまま人生を終える。

だからこそこの世界は現在ここまで収拾のつかない、発展途上ワールドになってるんだろうね。

 

capitalism by Pawel Kuczynski 資本主義だけが原因ではないけどね

 

応援ありがとうございます♪  

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