戻ってきたで~!!
我が憩いの場所。ここよここ。
この半年このブログ更新が手薄になっていましたが(鑑定は普通に継続中)、少し離れがちになって気付いたことがある。
算命学はモノにするのに時間がかかるといわれます。実際にそうです。単純に学ばなければならないことが膨大で難解なこともありますが、受験勉強マスター的にできればそれでいいのかというとそうじゃない。
本当のところ、その後のところで時間がかかる。
もちろん学問として頭でマスターして、ある程度のことは頭に入った状態で何を聞かれてもシャキーン!と即答できる、みたいなところまでいくのも時間がかかります。果たしてそんなところまで行けるんか?という感じです。そして私も未だに原典を読破できていない状態です。
しかし算命学で学んだことを如何に実生活に生かしていけるか、机上の空論ではなく現実の人生や今生きるこの世界の理解に『あれってまさにこういうことやなぁ~!』としみじみ理解できるか。当たり前のように全てを算命学の考え方で自動的に理解し直せるか。
算命学頭で生きているか。
学問として頭でマスターの部分は極論、受験勉強が得意だったようなタイプの人はできるようになると思う。
でもこの世界を算命学的に捉えて、理解して・・・みたいなところはセンス的なものも大事ではあるけれど、結局のところ算命学が好きかどうかじゃないかな。学んで身につけたことが本当に好きで納得していれば、放っておいてもそちら仕様に頭が変化していく。自分と自分の人生にゆっくりゆったり沁み込んでいく時間が必要。
そしてしゃかりきに勉強する時間も大事ではあるけれど、この半年のように少し離れて全然別のことをするのも実はその “ゆっくりゆったり沁み込んでいく” 経過には有効なのだなと実感しています。算命学と関係ない世界で、関係ない人たちと繋がる。そういう全く別の方向を向く時期も大事。
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とはいえこれは命式にも寄るかもね。
最近エドはるみさんという元芸人の方が、随分色々なことをなさっているというのを見かけて
きっと天報星持ちか冲動持ちだな
と思ったのですが、実際に見てみると
やはり。
規模の大小にかかわらず、方向転換が人生の前進、魂の成長に大きな役割を果たす人っています。そういう人は煮詰まった時は(煮詰まってなくてもいいけど)全然別のことをしてみるといいですね。
そしてこう書いてあるからと言って皆が方向転換する必要もありません。方向転換なく一つのことをずーっと続ける方が性に合うし、宿命的にも正解という人もいますのでね。
皆自分に合う生き方を選べばいいのです。
みんな生きてるだけで偉いのだから。
本日もお読みいただきありがとうございました。
ポール・シニャックかピエール・ボナールの作品かな?と思いきや
まさかのダリ。Boat, 1918 Dali
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