本日は死生観について “わたくし節” が炸裂した長文となっております。
例のごとくここは我が庭であるゆえ、好きなことを書くわけですが。
私は物心ついた頃から
あちゃー・・・何でこんな世界(この世)に来ちゃったかなー
早くあっちの世界に帰りたいぃぃぃぃ!
という感覚がずっとあります。
2歳で神戸から西宮の団地に引っ越して、ベランダの前の鏡台を覗き込みながら
嗚呼・・
と思っていた、その情景が今でもはっきり脳裏に浮かび。
そしてその感覚は外側の環境や内側の幸不幸感に関係なく、年々強くなるばかり。
何となく “あっちの世界の記憶” が物心ついた時からぼんやりある私には
この世はそんなに長くいるところではない
は 定石も定石 なのです。
いやマジで何が嬉しくて。
この世は修行の場、成長のための経験とトレーニング用にしつらえられた世界。
小さい頃、親に祖母への手紙を強制されていました。いい嫁と思われたい母の点数稼ぎに利用される搾取子の図でございますね。
しかしそもそも人間関係構築能力ゼロの母は、人付き合いができない。
その上子供を自分の専属奴隷としてキープしておきたかったのもあり、子らが周りと繋がるのを強く嫌う人。よって我が家に親戚付き合いなんぞほぼなく、私も祖母にはごくたまーに会うだけ。
当然
そんなほとんど知らない人に手紙?何を書けば??
となっている状態の私はいつも
「長生きしてね」は書きなさい
と言われていました。
そのたびに頭の中はこれ。
ア~
何が嬉しくてこの世に長く留まらせたいんだよ
ばあちゃん嫌いなんかい!?
地獄のスパルタトレーニング期間延長どうぞってか?
鬼やな
と思っていました。
大学受験控えた受験生に
末永く浪人生活を送れるといいですね~
言わんでしょ??なんのサイコパスやねん。
それも受験くらいならまだしも人生丸ごと延長て(呆)
そういう感じ。
思うだけで言いませんよ、我実母はただですら常に家の中で不機嫌MAXな壮年期調舒天将の人なのだから。
あの世に逝くってことは
この世は卒業していいですよ♪
課題全クリアおめでと~合格っ!
ってことですからね?
一体それ以外に何があるというのか。
前置きが長くなった。
そんなわけでね、〇〇さんご逝去みたいなニュースを見るたびに私は昔から毎度例外なく
ああ羨ましい・・・
と思っていました。心密かに。
でもここでだけは言う。だってここは私の庭なのだから。
そして絶賛現在進行形。
それでもそれがお年寄りであれば
いいなあ、合格。
でもそんなに長く生きなくちゃいけなかったの大変だっただろうね。
などと同情の気が入ったりはいたします。
しかしそろそろ同年代の訃報がちらほら目に付くようになってきているお年頃。だって波平世代だしよぅ。
ふふん♪
そうなるとだな、ああいいなあという羨望が炸裂してそこから怒りが湧いてくる。
何故?
だから!何故!私ではないのか!?
私はまだなの!?
私の番はいつ?
いったい!何をどうすれば!?合格を頂けるのかっ!??
(バチ切れ)
いや分かってるよ。まだまだなんでしょ、クリアすべき課題。課題山積み。
うー
なもんでわたくしの感覚といたしましては、故人のご冥福をお祈りするのはとても優しい心遣いだと思う。
けれども何というか
受験生が全員で大学合格者にその後を心配したり幸せと成功を祈ったりする
という感じで
いやいや、そんな何歩も先に行っている優秀な人の心配をしてる場合なんですか?
まずは自分の心配をしないと!
という変な感じなのです。
なんせ 我ら不合格の民 ですから。
注:不合格が悪いとは1㎜も言っていない。それぞれに段階があるだけ。
ソクラテスさんだってさあ、死刑が確定したあと裁判官に
誰も死や死後の世界のことを知らないのに、死を悪の最大のものだと恐れるのは賢人を気取ることだ
って言ってんですよ?
この発言が今から約2425年前。
彼の死から2425年も経っているのにこの世の死生観は相変わらずの体たらく。
未だに人類は死が暗く悲しく恐ろしいことであり、禍々しく忌み嫌うものという先入観を刷新できていない。
このイメージから全くアップデートされてないでしょ?
Epidemic of Pneumonic Plague in Manchuria, Allegory of Death flying over the crowds trying to run away from the epidemic. Illustration from French newspaper Le Petit Journal, February 19, 1911
どんだけ好きやねんその説。
ったくこの点に関しては紛れもなくこの世は猿の惑星レベルで止まっていますよ。進化なし。
ソクラテスさんも草葉の陰で泣いてるわ。
うわーん
ちなみに算命学では死を恐れない星として天報星が挙げられます。
いやそりゃそうちゃう?だって自らの無形の部分は半分あの世につっこんだまま生きてるんだからさ。
本日もお読みいただきありがとうございました。
まあこんなお話は外でしても誰も分からず変人扱いされるだけでしょうし、ここでしか致しませんけれどもね。
そして当然ながら本日の記事は、大切な人を亡くされたご遺族や友人知人の皆様の悲しみ、そして死者を悼む気持ちを否定するものでは全くございませんことを念のため記しておきます。
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