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鳥山明さん R.I.P. からの異気集合論&日本人を日本人たらしめる文化

 

鳥山明さんお亡くなりですね。ご冥福をお祈り申し上げます。

ドイツでも大きくニュースになっています。

 

私はドラゴンボールを知らない。

あんた月の裏にでも住んでんのか?と思われそうだが、これは結構機能不全家族育ちあるあるではないかなと思う。

子どもの頃、子供らしい楽しいことは一切禁止されていた。マンガ、TV、ラジオ、雑誌、友達と遊びに行く、友達と電話する、学校の部活動など上げていったら本当にキリがない。そんな状態なので化粧やお洒落、バイトなんて論外も論外。なんならドライヤーを使うことまで禁止されていた(色気づきやがって、ぺっ!ってことだ)

家族では私一人洗濯物を手洗いさせられていた、お風呂場で。そんな日常。

まあそれはいい。

 

Dr.スランプあられちゃんはTVでやっているのを2回ほどチラッと見たことがある。弟たちにはほぼ何でも全面的に許されていたので、ドラクエも家にあった。私は1度もしたことがない。

なので学校での友人同士の会話に本当に全く入れなかった。辛かった。皆が漫画やTV番組で大盛り上がりの中、何のことかさっぱり分からずいつもぽつーんとしていた。

唯一途中(12歳くらい)までラジオのFMだけは聴くことを許可されていた。だから色んなクラシックの曲を知っている。それも途中から禁止された。

 

 

じゃあ何をしていたかというと、学校に行く以外は部屋に閉じ込められていた。

子どもがいい成績を取っていい学校に行くようになれば外で思う存分見栄を張れる。遊ばせる暇なんかあるか。

でもこいつには塾代なんぞ死んでも出さん。息子に金をかけるのだから。余計な事をさせず金もかけず、教材だけ与えて部屋に閉じ込めてりゃ嫌でも勉強して成績が上がるだろう、といういかにも “人生で1度もまともに努力をしたことのない” 人間の考えそうなまぬけなプランを実行に移され、実験台にされたのが私だったというわけ。

 

この年になると分かる。

時代と社会をともにする人たちが

これいいよね、楽しいよね、素晴らしいよね、幸せになるよね

と共有する何か

それが文化なのだと。

 

私にはそれがごっそり欠けている。

私は本当に日本人と言えるのだろうかと時々思うことがある。同時代に同じ空間を共有したはずの日本人が当然のように知っていることを、あまりにも知らなさ過ぎるからだ。

当時流行っていたファッション、ドラマ、漫画、歌謡曲、お店・・とにかく楽しい、嬉しい、幸せになる要素のあるものは悉く妨害された。娘が楽しげなのが堪らなく嫌で許せず、耐えられない人だった、私の親は。

娘は社会で思いっ切り自慢できるアイテムでなければならず、同時に不幸でなければならなかった。

 

その結果普通の人なら想像もつかないような、例えば今回の鳥山明さんご逝去のニュースなどで鈍く、しかし大きく深くみぞおちのあたりを殴られたような感じを受けることがおこる。皆が当然のように語る彼の素晴らしさ、それによってどんな幸せな楽しい時間を過ごしたか、そして彼のいないこの世界の残念さが本当に分からないからだ。

 

高校卒業あたりまでの時代の、本来経験できたはずの素晴らしい日本の文化が、私からはごっそり削り取られている。

本来それが入るべきだった場に大きな穴が開いている感じがする。その穴が大きすぎて、私は自分を本当に日本人だと定義できるのだろうか?と時々思うのだ。

 

これはうちの近所にある馬の像

 

算命学に異気集合論というものがある。

人間は肉体として生まれるが、魂がガッツリ入った状態で生まれてくるわけではなく、まずは体がこの世に先に出てくる。最初は魂はカラだ。

それがだいたい3年くらいの時間をかけてこの世の中の

五行=木火土金水

それぞれに宿る

魂=五気 というエネルギーの粒子的なものが身体に引き寄せられ、蓄積され、その人の魂を作るという理論。

 

しかしその気の粒子は3年でがちっと固まって以降は不変というものではなく、自分が身を置く環境、どんな空気なのか、周りの人たちはどんな人なのか、親兄弟、学校の仲間、そこでの気、そして文化などを吸収したり放ったりして影響を与え合いながら存在している。

 

つまり文化も人を作るのだ。人が文化を生み出すだけではなく。

日本人を日本人たらしめる文化、本来私の一部になるはずであった素晴らしい文化が、私にはごっそり存在しない。それをことあるごとに痛感させられるのはなかなか辛い。

 

まあだからといって今更誰かを恨むということは全くありませんけれどね。

子供たちからはそういう大事なものを奪うことはするまい、とよく思います。

ちなみにドラゴンボールは未だ人気なようで、うちの子たちも図書館で漫画を借りて熱心に読み、『亀』のマークのTシャツを好んで着ていましたよ。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

 

もし同世代の子たちが当然のように楽しんでいた当時の文化を私も吸収できていたなら、一体私はどんな人間になっただろう?と思うことはよくあります。

If and No by Max Ernst, 1891-1976

 

余談:

上の鳥山明さん追悼記事に『俺はそんなくだらないものは見ないね』というコメントを書いた人がいて、大勢にボコボコにされていました(笑)

 

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