煉獄さん母上の言と算命学

  昨日・一昨日と、1日に頂いたいいねの合計数が過去最高くらいだったのですが   こういうの   何かありました? また私の知らないどこかでご紹介いただいていたようでしたらお礼申し上げます。どうもありがとうございます! 時々こういうことがあります。嬉しいなあ。  
    さて。 わたくしようやく今頃になって鬼滅の映画『無限列車』を観ましてね。     Amazon Primeで昨日の夜中0時までは無料で観られる!ということに気付き、急いで子供たちと観ましたよ。 最初は子供たちとドイツ語で。でもこんな如何にも日本!な映画、日本語で観たいじゃないですか。なので子供たちと2周目は日本語で観たのです。   作中、とてもいいセリフが沢山出てきますが、ハイライトはこれじゃない?     ってこれ前回私が記事に書いたことそのまんまなのですよね。   https://kayo-ruhe.com/archives/15944   この記事ではお金について書きましたが、上の煉獄さんの母上のセリフ  
弱き人を助けることは強く生まれたものの責務です 責任を持って果たさなければならない使命なのです 決して忘れることなきように
  ってこれ算命学を勉強しているとホントつくづく思うこと。何度も出て来ること。 宿命の究極的な使い方はこれに集約されるということ。   皆得手不得手があって、何でもかんでもできなくていい。オールマイティーじゃなくていい。 人より難なく上手に出来たり沢山出来ることは、それが苦手な人の分までやってあげればいい。 その代わり自分にもできないことは必ずあるから、そこはそれが得意な人に助けて貰えばいい。 助けて貰うというのも実は『誰かに助けさせてあげるという役割を責任を持って全うしている』ことにもなるということ。 それぞれが得意をとことん極めてそれを自分と周りに役立てる。そのためには出来ないことを見分けることもとても大切。その上で自分の役割を知るのはめちゃくちゃ大切。   余った力は大いに周りへの貢献に使うと良いのですが、なかなかそういうわけにもいかない人もいますよね。 自分の、そして家族の生活をキープするだけで精一杯な人だっている。余力なんてないよと。 そういう人は別にそれでいいのです。人は皆自分が出来ることを精一杯やっていればそれで十分。 前回の記事のような人は、大きな力を天から預けられて、それを社会に役立てることを今世のテーマにしているというだけ。 そうでなく自分と家族の生存を守ることができればそれで万々歳、それこそが今世でのチャレンジですという人もいる。 どちらが偉い・偉くないではなく、それぞれ見ているところ・体験したいことが異なるというだけ。   皆それぞれに合ったレベルと方向性で、出来ることを精一杯やればそれでOKなのです。人と比べる必要はない。やれることをやるだけ。  

本日もお読みいただきありがとうございました

  そういえば途中出て来るポン治郎   あれドイツ語では『たんじベア』になってましたよ チュウ逸は何だったか忘れた・・   [temp id=5]  
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