昨日の記事の続き
クライスラーさんといえばこの曲!というくらい有名ですね。下の演奏はご本人のものです。
さてウィーン生まれのクライスラーさんは、お医者さんで趣味の音楽家である父親に影響を受けて3歳からバイオリンを始めます。
ちなみにこのお父さんはあのフロイト(心理学)のお友達。
気難しそうなジークムント・フロイトさん
あまりにもバイオリン演奏の飲み込みが早く
7歳で特例としてウィーン高等音楽院に入学し10歳にして首席で卒業。
その後パリ高等音楽院に入学、12歳で首席卒業 。
1888年にはアメリカのボストンで初演奏会を開いて成功を収め、翌年オーストリアに凱旋帰国する。
帰国後は「神童」として持て囃されることを望まなかった父親の勧めで(お父さんえらい)
一般教養を身につける意味もあり高等学校に進学する(お父さんの判断正しい)
1895年にはオーストリア帝国陸軍に入隊、親衛隊に配属され予備役ながら将校に任官する(ものすごい進路変更)
一時はヴァイオリンを捨て軍人になろうと決心したこともあったが(なんで??)
家庭の都合で除隊の後音楽界に復帰する。
こんな激しい進路変更をしようと思った、その後天運的きっかけはなんなん?と思いますよね。
まず命式を見てみると、クライスラーさんの命式はこう。
地支が四庫で庫気刑の3要素勢揃い。初旬は司禄星+天将星。
更に天干に土性がないので、役人としての最適な資質を持ち高い地位を得ると言われる四貴格。
そして音楽家から軍人になろっかな♪ と心変わりしたのは
● 年運律音
● ということは庫気刑が2重
● 接運の年
● 大運天中殺スタートの年
● それが庚辰の大運なので 辰・戌・丑・未 の四庫勢揃い
● ということは冲動2つに年干支が天剋地冲
● 庚辰の大運だったので、日干が干合変化
・・・・。
そりゃ『 一気に人生変えたろかいな?』と思いたくもなる乱気流状態の運気ですわ。
彼の命式だと 辰 が周って来る時は年干支が冲動とか天剋地冲になりしかも天中殺なので
どうしても運の上げ下げが激しい、激動の人生になりがちです。
クライスラーさん
1899年、ベルリン・フィルと共演。
この公演はウジェーヌ・イザイに激賞され成功、クライスラーの演奏活動はこの頃から軌道に乗り始める。
イザイさんはこの記事に出て来るイザイさんです。
1902年冬にニューヨークで結婚。
妻ハリエットはクライスラーの性分やその音楽の才能を把握・理解し、外交的で抜け目無い有能なマネージャーとして彼を支える事となった。
彼女はクライスラーに対して音楽に関係ないことをやらせず、決められた時間が来るまで部屋に閉じ込めて練習させるなど
徹底してクライスラーの生活を厳しく管理し続け、対外的には演奏会のギャラの値上げ交渉を行った。
なおかつ自分は演奏会の際は楽屋で夫の帰りをひたすら待つなどでしゃばり過ぎず、結果的にそれはクライスラーが音楽家として大成する一助となった。
理想のオカン系妻Getだぜ!という感じですね。ビシバシに尻に敷かれますがそれがまた良い(笑
しかも凄腕マネージャーもできてしまう一人二役の奥様。よかったよかった。
ソリストが生きる理想の環境 というのはまさに 音楽に関係ないことをしなくていい環境 なので
彼にとってはオカン妻の出現は願ったり叶ったりだったはず。
音楽以外のあれこれを気にしなければいけない状況ではソリストなんて絶対に無理ですのでね。
そしてNYにいる間に戦争が始まり、敵国オーストリア出身だったため演奏活動があまり軌道に乗らなかったり
ベルリンに拠点を移したもののユダヤ系だったためドイツを離れフランス国籍を取得、フランスに移住したり
そこでもやはり身の危険を感じNYに舞い戻りアメリカ国籍を取得したり。
1943年にはアメリカ国籍を取得、それ以後は死ぬまで一度もヨーロッパに戻ることはなかった。
アメリカ国籍取得の2年前には交通事故で重傷を負い、一時は再起不能とも伝えられたが奇跡的にカムバックする。
放送への出演やリサイタルを断続的に行うも、負傷の後遺症
(視力障害や突発的な記憶喪失などで、音楽的な感覚は奇跡的に障害から逃れた)が尾を引いたこともあり1950年に引退。
このあたりを見るだけでも忙しなくあちこち生活の拠点を移しており、ものすごい激動の人生ですよね。
更に重傷を負ったあたりの時期を見ると
● 1941年・1942年が年運天中殺
● 1940年は庚辰の年で上にも書いた四庫が揃った時期、そして年干支天剋地冲。
● 庚の年ということは本人を表す乙(きのと)が辛(かのと)に干合変化する年
私は干合変化って結構本人への影響が大きいと思っています。
交通事故が起こったのが何月か分かりませんが、節分までであれば1940年の年運ですし
立春以降であれば1940年の年運の影響がズレ込んで出たものと考えられます。
この時の後天運は庚辰なので、大運か年運かの違いはあっても上で書いた 音楽家→軍人 の突然の変化の時と同じ。
金に困っている若い演奏家に自分の持っている楽器を気前よく分け与えるなど、陽気で気さくな性格であったという。
また楽器や美術品の蒐集でも知られていた。
この人禄存・司禄がいっぱいあって、極星も主星も禄存星。
集めるのも得意だけど、それを囲い込んでおかず広く循環させるのにも長ける人。
朱雀運で周りを助けたい気が旺盛、楽器を気前よくプレゼントなんてすごいことですが、彼だからできたことなのでしょうね。
この時の楽器コレクションの一つがまさに、昨日の記事でFPZさんが使っているというストラディバリ。
激動の人生を送りながらも死後こうして作品が愛され、名前も忘れられず、命式通り高い地位を得られたと言えるでしょう。
あああああ、でもこの時代に生まれたら戦争はあるわスペイン風邪も発生するわでめちゃくちゃ大変だけど
だ け ど も !
私の好きな画家があっちにもこっちにも生存中、精力的に作品を残している時代
ウィーンでクリムトもシーレも大活躍の時代なんですよ。
大変だけど芸術の歴史という視点で観れば大変豊かで素晴らしい時代。
どんな感じだっただろうなあ~?と想像してしまいます。
愛犬と。
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