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比和がこの世で伝えんとするところ(2)

 

クラシック音楽はオクターブのパラレル移動を嫌う

というクラシック音楽の基本原則から

比和は相剋に準ずる の意味を理解した 先日の記事 の続き。

これはつまり

同じ曲の中に同じ音があってもいい

でも同じ曲の中で同じ動きをするな

というクラシック音楽の基本原則と

同じ世界に比和同士 (  十干の同じもの同士 ) がいてもいい

でも 同じ → 仲間 → 引き合う では決してなく

むしろ同じ動きをするな、くっつくな

という算命学の比和の性質とは

言っていることは本質的に同じということです。

ついでに言うとこれ、律音や双子命式も同じだわ。

律音の人同士、つまり

命式を見た時に → こちら

赤で囲ったところが同じ干支の人同士は運を取り合うので、同じ狭い世界にいない方が良い。

同じく双子もそう。

双子は同じ日に生まれるので命式が丸ごと同じ。

算命学では、世界に全く同じものは二つ要らないと考えます。

例えばドイツの黒い森の針葉樹。

ピシッとコピペしたように揃っているところが私は好きなんですが

近くで見るとそりゃもう当たり前に一本一本全然違う。

自然の姿ってそうでなければおかしい。

律音もそう、双子も同じく。

同じ種類の人が同じ狭い世界において近くで生活すると

不自然でどちらかに運気が偏る。

だから双子であれば一丸となって一つの目標に突き進むのであれば、それは自然界の目から見て一つと見えるのでOK。

二馬力 ( 場合によってはそれ以上出得る ) なので、他人の何倍も運が開ける、となるわけです。

そうでないなら思いっきり遠くバラバラの世界で、全然違うことをして生きた方が良い。

近くで付かず離れず、何となく違う道に進むと

片方がもう片方の運を食ってしまう。

同じ干支の人同士は別々の世界で生活していても

偶然に出会うことすら避けた方が良い、という解釈もあります。

 

私はここまで極端には考えませんが・・・

 

で。

これ現実生活に置き換えるとどうなるかというと

この世界には全く同じものは2つ要らない

つまり

皆バラバラが自然の姿。

みんな違ってみんないい ではなく

みんな違って当然、そうでなければ逆にマズイ くらいの認識でOK。

これ私、最近自分の過去記事で全く同じことを書いてあるのを読んだばかりです。

長いシリーズ記事だけど、すごく良いこと書いてるから是非読んでみてね下矢印

ついついこの世界では、人は周りに合わせようとしてしまいます。

何となく“ その他大勢の形成する主流 „ から外れるとマズイ気がする。

だから出来るだけみんなと一緒に、と。

でも違うんだよね。

自然界という一つの大きな曲にしてみれば

人間一人一人は音であり、カラーであり、それぞれの持ち位置があってそれぞれの動きがある。

その本来のあり方が全うされて初めて、曲全体が調和を保ててスムーズに流れていく。

だからここでもやはり、

周りに流されてないでどこまでも自分であれ

という話に行き着くわけです。

オーストリアの芸術家、画家、建築家であるフンデルトヴァッサーの言葉で私が好きなものの一つに

直線に神は宿らない

というものがあります。

彼はだからこんな感じで、とても特徴的な建物を建てた人です。

画像はこちらからお借りしております

彼のこの言葉も、上の比和、オクターブの話と実は同じことを言ってるな、と。

直線的な人がいてもいい

でも皆が皆直線でなくてもいい

世界には至る所に真理へのヒントが隠されていますね。

 

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