Picasso
でも。
私は地獄のどん底を歩くような毎日だった子供時代によく考えていたことがありました。
本当にろくでもないこんな状況だけれど、もし仮に心ある暖かい素晴らしい親に恵まれ、お金にも苦労せず、気の許せる友人知人も沢山いて、且つ文武両道と全て揃った状態だったら。どう考えても素晴らしいし今より全然良い。
でもそれが当たり前だとすると、その当たり前がずーーーーーっと続いたらそこには変化がなく、それはそれでウンザリするだろう。
ってことは人は状況や環境、そして自分のレベルの変化とその差によって本当の幸福を感じるのかも知れないなと。
今思い返すと当時の私の考えはあながち外れてもいないと思うのです。
仮に私が子どもの面倒や苦を全部請け負って、子供は楽しい部分だけを経験する人生が可能だったとしたら。それはそれでそういう形の苦を強いることになるのでしょう。
そんなのは私のエゴの押し付けでしかない。
しんどさから何かを掴み取るチャンスを奪うということ。
苦しい状況から立ち上がる自分の力を知らないまま過ごさせてしまうということ。
様々な状況、環境、自分の状態を経験するといういわば「人生の醍醐味」を潰してしまうということ。
結局私にできることといえば
生きていると色んなつらいことがやってくるけれど
いつもあなたのことを見ているし
いつも家族はあなたの傍にいるし
いつもあなたのことを大切に思っているよ
と繰り返し伝えることなのでしょうね。
そういう時に
そんなく~っだらないこと知るか
お前のことなんてどうでもいいわ
と突き放すようなことがなければ、自力で突破口を見つけていくでしょう。
その力があることを信じて。
たかが子供が友達と離れ離れになったくらいで何を大袈裟な、と思う人もいるでしょう。でもそういう小さなことの積み重ねだと思うのですよね、子供の安心とか強さを培うもの、そして親子の絆を作っていくものは。
本日もお読みいただきありがとうございました。
Oysters, 1862 Edouard Manet

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