【 広告 】

ある日座中殺、甲戌の女性の一生(2)メイ・マスクさん

 

昨日の続きです:

ある日座中殺、甲戌の女性の一生(1)メイ・マスクさん
生まれ落ちる家庭の当たり外れってやっぱりめちゃくちゃ大きいわね! 私は電気自動車にもロケットにもイーロン・マスクにも全く興味がないのですが 彼のご母堂のインスタグラムやFBが素敵なのと、何よりも 日座中殺=甲戌の女性は一体どんな感じでどんな...

 

もうこの本を読んでいると 衝撃的に羨ましい んですよ。

何がって

実家の家族運、親運が良いというのはこういうことなのか!と。

そして

それは長くいい意味で尾を引いてこんなにも本人の力になり、子供にもいい影響を与えていくのか!!と。

 

シングルマザーでほぼ年子の子供3人を育てることの大変さは想像を絶します。

このメイさんは栄養士として修士号を2つお持ちでその道の専門家としてカウンセリングや講演が本業。

15歳で声を掛けられ何となくスタートしたモデル業を副業とし、足りない生活費を補ってこられたようです。

けれども本には控え目に少ししか書かれてありませんが、夫運(結婚運)は惨憺たるものだったようで

子供の目の前で暴力を振るわれ、罵倒され、こき使われ続け、結婚10年後にようやく子供を連れて逃げ出せた、と。

そこから貧しい中も子供3人と仲良く生き抜く様子が綴られているのですが

そんな過酷な状況を明るく笑いとばしながら乗り切るエネルギーは一体どこから湧いてくるのか?と考えた時

それは親からの教えであり、子供の頃見ていた親の生き様であり、親の価値観、問題が起きた時の対処法

そして何より親が自分をどう扱ってくれたかという親からの愛情だと分かるのです。

それらが無意識にも自己肯定感、自信を取り戻す確固たるベースになっている。

 

 

ここで彼女がご両親に関して回想する部分を抜き出してみましょう。

 

父はとても堂々としていた。怖いもの知らずで冒険好きで、私たちは心から信頼していた。

父は何でも手本となって教えられる立派な人だった。

長時間働き思慮深く、親切。口数の少ない心優しい大男。

カナダではわたしたちは変わった一家だと思われていた。

両親が小さな子どもたちを乗せてキャンバスで覆われたプロペラひとつの飛行機で飛びまわっていたからだ。

前代未聞だった。

そして南アフリカ共和国へ。そこではますます変人だと思われた。

私たちが変わり者だと思われたのは自分たちのやり方を貫いたからだ。

単に他の国から移住してきたからではなくいつも自分たちのやり方を通していたから。

他の人々と違うのは旅行をすること。

父は他の人がしていることは決してやらなかった。自分がやりたいと思ったことだけをやる。

母も同様で、父と知り合う前でさえ自分の身を立てる道を切り開いていた。

常に期待に応える必要はない。自分の道を行けばいい。

私は子どもの頃にその教えを受け大人になっても活用している

目標を抱くのはけっこうだ。でも目標を達成できなくてもかまわない。

失われた都市を見つけられなくてもわたしが落胆しなかったのは、両親ががっかりした顔を見せなかったからだ。

私たちはたくさんの冒険をして、家族みんなで楽しい時間を過ごしたのだから。

父は知らない場所を探検し、新しい文化を知り、新しい土地を発見するのが好きだった。

父も母も学ぶことをやめなかった。

父は道のない場所を走り砂漠で道を切り開くのが大好きだった。

「 努力するほど幸運になれる 」というのが父の座右の銘だった。

自分の運を自分で切り開くには、努力しなければならないのだ。

私は生まれながらの恩恵に与った。素晴らしい両親がしっかりした教育を授けてくれた。

自費で勉強を続けたおかげで3カ国8都市で開業することができた。

モデルになれたのは美しい母に容姿が似ていて、すらりとした父に似て背が高いおかげだ。

幸せな家族と親戚を持てた私は運がいい。

私たちは一緒に過ごすのが好きで、よく皆で涙が出るほど大笑いする。

母は自ら模範を示し、家族を大切にすることがどれだけ大事かを教えてくれた。

いつも私たちを大切にし、きちんとした食事を与え、好きなことを思う存分できるようにしてくれた。

私たちが自分の子どもを大切にできるのは母のおかげだ。

私が離婚しようとしていたとき母はこう言った「 家族が第一よ 」。

母が伝えたかったのは子どもたちを何よりも優先させなければならないということ。

結局私は子どもたちのために結婚生活を続け、やがて子どもたちのために離婚した。

母はいつも前向きな人だった。それは父も同じ。

私は父を、いつも楽しいことを追い求めていた人だと記憶している。

名刺の裏にさえ「 いつも笑顔で 」と書いてあった。

父はその心持ちを、自分のすること全てに取り入れた。

両親が声を荒らげたことは一度もないし二人が口論しているのを耳にしたこともない。

 

自伝的な本なのでもちろん中身を盛っている部分もあるでしょう。

それにしても自分の両親のことをこんな風に思える、そして書けるというのは私にはちょっと別世界過ぎて、眩し過ぎて

そんなにも恵まれた人って本当に地球上に存在するんだ!?!?くらいの衝撃。

親が本で読んだ失われた都市を求めて自分で飛行機を運転し、毎年子供たちを乗せてあちこち冒険して周る子供時代なんて

まるで私が小さい頃に読んだ洋書の児童文学に出て来る物語みたい。

最高じゃないですか。

まさにこういう子供時代を送りたかった!当時本を読みながら良く思ったものですが、本当にそんな素敵な家庭が存在するのですね。

羨まし過ぎて頭が朦朧としてきます(笑

 

この冒険好きで明るく前向きなご両親と世界を探検しながら最高に幸せな家族生活を送っている中

年頃になって来ると段々異性運の残念さが顕現してきます。

そしてその気もないのに結婚を押し切られたが最後急転直下、結婚生活スタートと同時にどん底生活がスタートします。

 

この方は宿命に 冲動 をお持ちなのですが

この 極端から極端へ針が触れながら進んで行く感じ

全く別世界を同時進行でこなしていく ところ

ある程度完成したと思ったらそこからパッと手を放し、またゼロからスタートすることの繰り返し

など、見事すぎるほど冲動を実生活で上手く活かし生き切っている人 なのです。

次回はそれについて書いてみます。

ある日座中殺、甲戌の女性の一生(3)メイ・マスクさんの人生から見る冲動
このメイさんは 宿命に冲動 があるのですが、それを見事に消化してここまで生きてこられています。 宿命冲動持ちの人生は外側から見ると極端から極端へ触れる、もしくは 全く異なる2つ以上の世界を掛け持ちで同時進行することが多い。 彼女の人生ではそれがどう出たか。

 

1969年20歳の Maye Muskさん、そりゃぁモデルにスカウトされますわね

 

https://amzn.to/3f76OYS

 

応援ありがとうございます♪  にほんブログ村 その他趣味ブログ 占いへ 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました