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この世の面倒なところ且つ醍醐味、Jan Lisiecki氏を聴いて

少し前に子供3人分の証券口座を開くべく申し込みをしたのですが

2月4日までに間に合わない(笑)

 

 

数週間前に自分用に銀行口座を新しく開きました。

それがあまりにもあっけなく、本当に家でアプリをダウンロードしてあっという間にできてしまったので、そんなものだろうと思っていたのです。

 

しかし甘かった。

もうあれもこれもすごい数の書類を揃えて、山ほどサインして送付して、でも穴があったのでまた送り返されてきて修正、再送・・・を繰り返し、全然天中殺入るまでに間に合わないわ。

もうこれは私ではなく夫がやったってことにしようか(犯罪か)

 

 

でも思うのですよ。

こういう投資って金融リテラシーのあるご両親であればいつの時代でも、子供が生まれたらすぐその子専用の証券口座を開いて、少しずつでも積み立てなり何なりやっていますよね。そして生まれてから成人するまで約20年もあれば、最初の種銭も結構成長しているはず。

 

 

そういう親御さんを持てた人は幸せですね。羨ましいなあ。やはり持つべきものは賢い親。

まあわたくしも遅まきながら子供のためにやってみますよ。

 


 

とここまで書いて何日も時間が空いてしまいました。生きています。

またもや算命学メインではない音楽の記事になります。えへ。

 

大変お久しぶりながらこの方の演奏を聴いてまいりました。

 

わたくしの推し活対象ナンバー2、Jan Lisiecki/ヤン・リシエツキ氏、カナダのピアニスト30歳。推し活対象ナンバー2ながら昨年はプログラムがちょっと苦手な感じだったので1度もコンサートには参上いたしませんでした。

 

しかし!

今回のプログラムは見た瞬間に体中の血液が沸き立ちましたね。めっちゃ私の好きな系統!

ファリャ、ヒナステラ、アルベニス、ピアソラ・・と顔なじみ(?)で自分もよく演奏していた作曲家群、そして私の好きなシューベルトやブラームスが並ぶお品書き。もちろんこの演奏家さん得意のショパンはばっちり入っていて今回は初めてポロネーズが!

 

ちょっと貼ってみますね。携帯で見づらかったらごめんなさい。

 

それにしても前半だけで55分、コンサートが20時始まりで終了が22時15分あたりとものすごい分量。

いや、聴かせて頂く側としてはもっと多くても良いのですが、賞味これだけの曲量を完璧に自分のものにして提示するための努力や努力や努力よ・・・その準備量、考えるだけで気が遠くなります。

 

結果:

いや~よかったですね、良かった。

今回彼は頭から音の世界にばっちり入り込めていました。

だって最初の1音からもう舞台の上にばーん!と彼の世界が視覚認識できるほどはっきり広がっていたから。そこがチラチラしたり、そこからご本人が弾き出されるようなことがなく、その会場の人すべてが彼の内側の世界に「どうぞ」と招き入れられていました。

 

今回初めてこういう席に座ってみました。音は良かったですが天上の圧迫感が閉所恐怖症の私には強かったかな。

 

彼は癸丑天南星の人なのですが、すらっと背の高い男前という見た目もさることながら、毎度出てきた瞬間から強いキラキラのオーラがすごいのですよ。

 

 

初旬が天恍星ですしそこに天将星も加わって、命式通りを迷いなく全力で生きていれば、そりゃもう派手で華やかな存在感は圧倒的なものになります。

持って生まれた命式を遺憾なく発揮して良いぞ!と毎度思いますね。

天南星と天恍星羨ましい~羨ましい~

 

演奏にはその人本来の、この世に来る前の魂の世界、その人の本質・核になる世界が現れるものです。

それが今回は最初から最後まで舞台の上に大きな、奥行き無限の花畑のように広がっていました。

色とりどりのパステルカラー盛沢山で、艶々で、とにかく明るくキラキラなのですよ。どっしりした暗めの力強い曲の時でも。

その向こうに見えるその人の本質は変わらずそこに安定して存在するからです。

 

私はそれが好きなのです。そこに触れる瞬間が。

誰にもそんな世界はある。

「いや、自分にはございませんよ・・・」と思う方もおられるでしょう。

 

あるのですよ。

だって誰にだって元いた世界での、元の姿の、自分の存在の本質があって、向こうの世界ではそれがダイレクトに表れるから。というかそれしかない世界だから。

どんな人にも忘れてはいるけれど、でも自分でも薄々気づいている自分の奥の世界がある。

そこに触れる瞬間が好き。

 

 

ただこの世でそれを垣間見れるまで持って行くには、楽器なり文章なり、スポーツのスタイルなりビジネススタイルなり・・何でもいいのですが、何か自分が強く大きく凝縮するものが必要

そこに行くまでの地味で長い積み重ねが必要。

誰に注目されずとも、誰に評価されずとも続けられる何か

そこに自分の『好き』があって、そこにその人の本質が濃く集まることで周りに伝わっていく。

 

これこそがこの世の面倒なところですよね。面倒で回りくどくて、何なら通り抜けられないことが殆どである道。

でもそれがこの世の醍醐味でもある。ああ、やだやだ(笑)

 

それは別に技でなくとも、生きるスタイルでもいい。

個性が凝縮して凝縮して・・・「この人はこういう人なのだな」が他の人にも伝わる「道」がある。

 

 

クラシック音楽の場合はそれが楽譜読みから始まって、基礎練習、基礎技術、経験を経た上で

  1. 十分な技術を得た時
  2. 演奏の瞬間調子がいいこと
  3. 演奏の瞬間気分がちゃんと乗っていること

などが揃った時、初めてはっきり「その人となり」が演奏に表れます。

なのでとても有名な第一線で活躍している演奏家でも、気が乗っていなかったり調子が悪かったりするとその奥にある世界が全然見えないことも多いのです。

 

私の推し活ナンバー1である神様ことGrigory Sokolov氏ですらも、そんなすべてが揃う瞬間はそうそうないものです。人間だもの。

 

けれども。

聴いている間中ずっと物足りなく思っていました。

私が彼の演奏で好きなのは、彼が自分の紡ぎ出す音にじーーーーーーーっと聴き入る(ま)。その間(ま)から生まれる、空気をくゆらせながらゆっくり作り出される静けさ。

その静けさこそを強く恋しく待ち侘びていました。

 

非の打ちどころなくめっちゃ上手で完璧・・・なんだけど「めっちゃ上手」なんだよなぁ。あの、私が以前確かに何度も体験した彼の静寂はどうしたのだろう?

ヴィースバーデンの美し過ぎるコンサートホールと、宇宙を抱え込むリシエツキ氏のピアノ
今年のハイライトはこれ。これ以上のものは多分出てこないわ。ヴィ―スバーデンという街の音楽祭で私の好きなピアニスト、Jan Lisiecki(ヤン・リシエツキ)氏が演奏ということでわざわざ電車を乗り継いでやってきました。演奏については後に書く...

 

2年ほど前からパワフルにがんがん演奏するスタイルになり、しみじみ聴き入る・・という瞬間がとても薄くなった。回によっては皆無だった。

 

どうしたのだろう?

良くも悪くも何かあったのかな?

何故だろう?

 

みたいなことを、この週末は気付いたら考えていました。

寝ても夢の中ででも(笑)

 

そこにあった静寂というものは、今は鳴りを潜めて舞台上には表れてきていない。

けれどもあったということは、今も確実にそこにあるということで、いつかまた必ず表に現れてくるものなのです。

その時を楽しみに、やはりチャンスがあればまた彼の演奏を聴きに行ってしまうのですよね。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

 

「静寂」と一言で言っても、それは単に「音がない」というだけのことではなく、例えばYunchan Limさんの静寂

韓国の若きピアニスト Yunchan Lim氏のそこにある静寂
アンコールがバッハのソロだったのですよね。 これがしみじみと良かった。 彼の演奏の魅力は初めてYouTubeで出会った時にも思いましたが、心の底に確かにある静寂。あの静寂はすごい。

 

Kissinさんの静寂

この人の愛とは覚悟なんだ:エフゲニー・キーシン/ Evgeny Kissin in Frankfurt
そうか、この人にとって愛とは覚悟なんだ。 私が感じたとてつもなく確固として揺るぎない、真っ直ぐで純粋で、だからこそ巨大な覚悟は愛に直結していた。

 

人によって全くカラーが異なります。

 

Yunchan Limさんのそれは全てを悟った高僧の研ぎ澄まされた、それでいてとても穏やかで優しい静寂。

Kissinさんのそれは必ず灰色がメインの、立体感を伴う力強い静寂。

Lisieckiさんは明るく光り輝く喜びが向こうに見える静寂。

 

みなさんの静寂はどんな静寂ですか?

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

 

Albrecht Duerer/アルブレヒト・デュラーの星図(2026年 Wien Albertina美術館にて)

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