ちょっと前のニュースなのですが、こういうのがあったのをご存知ですか?

スポーツ関係大変疎いわたくし、この方もこのニュースで初めて気を引かれたのですが、マリニンさんというフィギュアスケートでたいそう優秀、期待されていた選手が本番で大きくミスをしたとのこと。
それにコーチでもある父上が、頭を抱えてしまったという話題でした。

辛いよね、マリニンさんご自身が。
ずっと巨大な期待を背負ってオリンピックという最大の栄誉ある舞台で、誰の目にも明らからなミスをしてしまう。私も後で動画で見ましたが、2回尻もちをついてしまったのかな。
でもそのTV実況でドイツ実況者は尻もちをつく前から
んんん・・・???
彼は今日は一体どうしてしまったのでしょう!?
どうも様子がおかしい、何かあったのでしょうか
ほら今のナンチャラも
みたいな解説をずっとしていたので、本当に調子が悪かったのかも知れませんね。
でも上に貼った新聞記事のように、落胆を隠すこともなく公衆の面前で頭を抱えてしまう父親に対して憤る人が多くて良かったと、ちょっとホッとしましたよ。
ちゃんと演者の立場で考えられる人もいるのだなと。
綺麗ごとではなく、私は本当に
人生には成功か学びかしかない
と思っています。
そういう風に育てられたからでしょうね。
誰に?
ってもちろん楽器の師匠にですよ。親じゃない。
師匠は沢山チャンスを下さる方だったので、とにかく私は舞台という場数をこれ以上ないくらい踏ませてもらえました。小さい時からずっと。
発表会にしろ、リサイタルにしろ、コンクールにしろ、一人でやり切らなければいけない舞台はそりゃあプレッシャーがものすごいです。
もちろんミスもする。
でも私は師匠に1度もそのことで怒られたことがないのです。
彼女は大勢の前でお話することが多かったのですが(合奏とかコンサートとか勉強会とか種々イベントで)、ある時皆の前でこう仰っていたのを強く記憶しています。
本番でミスをする。
私はそれを『駄目じゃないか!』と決して怒らない。
何故なら一番『ああ、ダメだ・・』と思っているのは間違いなく本人だから。
そこを突き回しても何のプラスにもならないからね。
この人にずっとレッスンを受けていたおかげで、私はいわゆるミスや失敗を駄目だと思ったことが1度もありません。
少なくとも自分の演奏が駄目とか、それを通じて自分って駄目!に走るとかはなかった。
これは強いよ。
もちろんミスがないよう細心の注意を払って準備し、努力を積み重ね、全力を出す。それは当然の前提条件。
でもドイツ語でも
Fehler ist menschlich.
過ちは人の常、人間ってミスするもんだよ
というように100%を期すから100%の結果を出せるというものではないのがこの世の理。
思い通りにいかなければそりゃあ落胆しますよ、私も。
でもそれで自分が人として駄目だとか、存在価値がない、みたいに思ったことは1度もないのだよね。
何か音を間違える。
マリニンさんだったら本番で尻もちをつく。
その現象に何という名をつける?どういうレッテルを貼る?というのは実は各自の自由。

自由であり、どう定義づけるかの権利は皆持っている。
多くはネガティブな意味で失敗とし『はいブー、ダメですね残念』という判定を下す。ついこのメインストリームに流されてしまうのも分かる。
でも中には『本番であそこまで派手に綺麗に転べるのは大物だ、力があるね』と思う人もいるかも知れない。
『これも経験のうち、人生がまた一段成熟するぞ!』と考える人もいる。
すっぱいというレッテルを貼るも、団子と命名するも各自の自由。
ということが分かれば、失敗でダメという判定はあまりプラスにならないのは火を見るよりも明らかですよね。
だから私にとっては『学び』。

上手く行けば嬉しい。
思い通りにいかなければ
うへへ、学びゲットだぜ♪

でどちらに転んでもよし。
人生の価値って終わった時の総合評価です。
なのでオリンピックだ、受験だ、起業だ・・色々ありますが、それを次に繋げていく力にできれば全てOK、万々歳。
本日もお読みいただきありがとうございました。
一番恐ろしいのは、失敗を恐れて何もしないこと。
失敗すら、ミスすらほとんどしたことのない人生は言ってみれば最大の失敗。空っぽの空き缶同然。
それさえ分かれば、怖いものなしですよね。
下手くそでも生け花にチャレンジする骸骨くん

河鍋暁斎《花を活ける骸骨》




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