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自分の器を超えるアンバランスな社会貢献は単なる・・・

ずっと雪が降って、特に昨日は一時豪雪。

でも!

やはりウィーンよりは寒くない。気温は同じくらいかむしろ下なのにね。

 

ウィーンでは、ダウンのロングコートの下にユニクロのウルトラライトダウンのこれより長いのを着て

軽くて暖かくて最高

 

ヒートテックの一番分厚いレギンスの上にズボンを履いて、マフラーもぐるぐる巻きという完全重装備でも命の危険を感じるほど寒かったのですが

 

昨日全く同じ格好で出ましたら、ウィーンよりごっそり雪が積もっているのに

暑っ!!

ってなりましたよ(笑)

 

さて。

もう1月も1週間過ぎました。

1月は行く、2月は逃げる、3月は去るですからねえ。このスピードで行くと2026年もあと少しだな。

 

その2026年。

どう社会貢献できるかな?

とふと考えていました。

 

私がよく好きで読む算命学の原典にこういう一節があります。

 

算命学は東洋の祖先たちが大きな犠牲と努力を払って残してくれた悠久なる知恵の遺産であり、人間学であります。(原典)

 

この世の中はエネルギーが常に循環して成り立っています。

 

分かりやすいのはお金ですよね。お金はエネルギーの具現化の一つ。入って出ていく。

でもエネルギーはお金だけじゃない。上記のような誰かの『犠牲と努力』のおかげで得られるもの、そこから得た何かをそのままの形で or 改良して(改悪というパターンもある)また次に回していくのもエネルギー循環の一つ。

 

 

エネルギー循環の『入ってくる方』を仮に『出ていく方』とします。この両者のバランスがとれていないと存在自体が危うくなるのですが、少しだけ陰の方が大きいと社会貢献に繋がりやすい。

 

社会貢献の一つで私ができないものに献血があります。

 

何故できないかというと、健康ではありながらそれほど体力がないから。血を抜かれたらしばらく日常生活に支障をきたすのは火を見るより明らかだから。

 

もしそれをすると『身を削ってでも社会貢献した、偉い!』みたいに表面は見えるでしょう。けれども実態は私が機能しないことで、長期に渡って家族や周りの人に多大な迷惑をかける。結局周りの人に犠牲を強いて、周りからエネルギーを強制徴収して、自分が社会貢献しました!なポーズを取っているだけという話になる。

 

まさにこれ

 

それでは実質『何やってんの・・』ということになってしまいます。俯瞰で見ると何のプラスにもなってないやん、と。

 

あかんわ~

 

それと同じでお金の扱いにせよ、知能、守備、表現伝達、行動攻撃など様々なエネルギー形態を取った社会貢献がありますが、自分の器を超えるアンバランスな社会貢献は単なるパフォーマンス、格好つけで終わってしまいます

 

何かの品物やサービスを極端に安い値段で提供する。

ぱっと見は皆の役に立つように見えるかも知れません。その瞬間はいいでしょう。

でもこの世界はそんなに単純で甘くない。見えないところで実に正確に陰陽バランスがキープされるようになっている。

 

右:サービス 左:対価

 

元々余力が有り余っているとか、安い価格で提供し続けて自分一人の生活が成り立つなら別にいい。

でもその度重なるマイナスの積み重なりが、配偶者や子供に皺寄せとなって出ているのであれば。それはただの『いい格好しぃ』。表に向けたパフォーマンスでしかない。

そんなものは長くは続かない。ということは社会貢献になったとしても微々たるもの。

 

本当の社会貢献は無理なく、自分の器を大きくはみ出ない範囲で、できる善を長きに渡って。

 

これが鉄則。

 

皆自分にできることを日々誠心誠意回していくことで十分なのです。

余力があればもう少し頑張る。

でも頑張りすぎないこと。

 

これを忘れず、2026年もあと少し(笑)楽しく生きていきましょう。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

 

Melisande(神秘的な悲劇のヒロイン的な意味) by Marianne Stokes(2026年Albertina美術館より)

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