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フランシス・ ベーコンに見る理想の死に方

 

昨日の記事に貼った「 ギャー!」の絵の作者、フランシス・ベーコンさん。

天中殺では○○がご不在
空間は天界の神が、時間は地界の神が司っていると考えるので、天中殺では空間が欠ける=天界の神がご不在状態と考える

 

「 司禄あるけど片付けできひんねん・・」

 

Wikiによると

ゲイだったベーコンは生涯で5人の恋人と出会い、全て男だったがいずれも結婚には至らなかった。

最後の恋人はスペイン人のホセ。付き合い始めたがすぐにホセにフラれ彼はスペインへと帰国した。その後どうしてもホセを諦めきれなかったベーコンは彼とのヨリを戻す為スペインへ飛び立った。

しかしスペインのマドリード市内の路上で心臓発作により倒れている所を発見されそのまま死去したと言われる。

ホセと会えたのかは分かっていない。

 

切ないですね、情熱的で切ない。せめて最後に最愛の人に一目で会えていましたように!!とつい祈ってしまいます。

 

しかし。

こういうのを読んで私が「 いいなあ・・」と思っちゃうのはここ。

 

マドリード市内の路上で心臓発作により倒れている所を発見されそのまま死去したと言われる

 

物心ついた時から死は別に忌み嫌うものでも不吉でも暗くも悲しくもないと知っていて「 いつあっち側の世界に帰れるんだろう?」と常に早死に願望とともに生きている私は、他人様の死亡のニュースやお話で強烈に羨ましく思うことがしょっちゅうあります。日常茶飯事です。

ベーコンさんの旅の路上での死。これ最高。世界を彷徨う旅路でパッとあっちの世界に飛び移る。私にとって理想の形なんだよ~!

 

というのも、実は算命学では命式からどんな形で死ねそうか?というのが分かるからでして。これについては随分前に記事を書きました。

 

 

ベーコンさんの命式を見てみると

まさに旅の路上で、というのがぴったりなのです。それや!という感じ。

ということはつまり彼はちゃんと命式通り、宿命を生かして最後まで生きることができたということだよ。だって宿命とズレた生き方をしているのに、死ぬ時だけは理想通り宿命通り♪なんてそんなムシの良い話はねえなあってもんです。命式通りの亡くなり方ではない人がたくさんいるのも、イマイチ宿命通りに生きることができなかった人が沢山いるということに他なりません。

 

スペインへ飛び立った際にチェルシー空港まで車で送ったのが親友のバリー・ジュールであり、朝食を共にした後自分の作品をすぐに車に積むよう言われたという。ジュールはそれを車に積んでどうしろと?と尋ねたが、どうすべきか君は分かっている筈だと言われたと後に証言している。

この時に車に積んだ作品集が世に言うバリー・ジュール・コレクションである。

ジュールはこれについて「 それはいつか彼がそれを返す様に頼まない限り私が持ち続けるという暗号でした 」と語っているが、会ったのはこの日が最後となってしまった。

 

いちいちお洒落なドラマか!ってほどセンスのいい会話ですよね。そっか、これがバリー・ジュール・コレクションとなるのか・・・。

そしてそのジュールとの出会いも

 

ロンドンのアトリエで絵を描いていた時に建物の下を車で通りかかったバリー・ジュールと知り合う。以降彼とは親友であったと言われる。

ベーコンは絵画を制作中に誰一人としてアトリエに足を踏み入れる事を許さなかったと言われるが、唯一ジュールだけはそれを許された。やがてジョンはベーコンのアトリエの鍵を預かるまでになったという。

 

いちいち人間臭くて運命的で劇的でお洒落。どういうこと?

 

しかしですよ。

彼の作品ってこんなのとか

こんなのとか

 

洗練された会話のお洒落感とは対照的に『 車に積み込んだはいいがその瞬間から全力で呪われそう 』みたいなのが多いのですよね。ジュールさんもよくキープしておいたな。きっと大切な友人だったのでしょう。私だったら恐ろし過ぎてさっさと手放しそう。

 

自画像、ピカソみたいにすっごい崩れてるのに確かにそっくりで凄い。

 

そんなわけで、向こうの世界に高跳びする瞬間を納得いく幸せなものにするために、やっぱり宿命は知って大事に活かして生きような!というお話でした。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

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