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遊園地、そしてこの世界の災厄の火種

 

侵略される側はそれでも「今戦わないと自分たちの国も民族も滅ぼされてしまう、守らなければ」という大義名分があるからまあ分かる。

分からないのはロシア側。ナチからウクライナ人を守るというプーチン提供の大義名分なんて、現場に行けば嘘だったと猿でも分かる。ウクライナ人たちは自国で満足して幸せに生きている。自分たちが武力で守ってやらなければいけない、敵らしきものなんて何もないじゃないか。

にも拘らず家を荒し、可能な限り略奪し、民族浄化を目的に老若男女問わず性的に暴行し、あっさり命を奪い、奴隷として使えそうな人間は大人も子供も自国に移送する。その間人を人とも思わない扱いをし続ける。

 

そこに憎悪がなければ、それは続かない。どこかにぶつけたくて堪らない、消えることなく煮え滾る憎しみの炎という原動力がなければ無理だ。

じゃあその憎悪や怒りの種はどこから来たかというと、生まれてこのかた自分が人としてちゃんと愛されたり大事にされてきたりしなかった、そんな経験をすることができなかった、誰かとそういう繋がりを持つということを実体験として学べなかったということに尽きると思う。

 

 

人間は100%皆愛情いっぱいで生まれて来る。親に対する愛だ。どんなダメ親でも全力で愛し、大事にし、小さいながらも出来るだけのことをしようとする。そこでちゃんと子供に向かい合い、子供を大切にし、まともに愛せる親であれば、親子間で愛情の循環が生まれ身体だけでなく心や精神も順調に成長する。自分という世界の有形の部分と無形の部分という両輪がバランス良く回転しつつ大きくなっていく。

 

でもそれがなければ?

子供の愛情は奪われるだけ奪われて枯渇してしまう。そして世の中には親に愛され幸せに生きる子供もいるということを知り、何故自分だけこんな目に!?とそこから怒りの種が生まれ育まれていくことになる。幼少期、成長期、大人になるまでの時期に絶対必要な愛情ベースの繋がりを誰とも持てなかったということは、その人の人生に大変な禍根を残すことになる。

憎悪の対象は、人としてはカスなのに生殖機能だけは一人前で自分をこの世に生み出してしまった親から始まり、身近な人間、組織、最終的には全世界や神までをも呪い倒したくなるほどに拡大する。その憎悪のエネルギーは自分をも食い潰す勢いなので、どこかに吐き出さないと自分が潰れてしまう。

そんな時戦争が始まり、自分たちより下だと見下していた敵国に行ってみれば、皆それなりに豊かに幸せに暮らしているのを目の当たりにする。

どうしてこいつらだけ幸せなのか。自分はこんなにも苦しい思いで今まで生きて来たのに。憎悪の炎に燃料がくべられる瞬間だ。許せない、叩き潰してやる、という荒々しい気持ちが沸き起こるのも想像に難くない。

ロシア兵が略奪の後ウクライナ人の家に

誰がお前たちにこんな美しい生活をしてもいいと許可をした!?

と置き書きしていったニュースは記憶に新しいところ。

 

絶対的な貧しさという物理的原因はあるとは思う。ロシアの大都市圏以外は大抵貧しく、生活に一杯いっぱいであれば子供にゆっくり向かい合ったりできないかも知れない。自分に余裕がなければ子供にまともに愛情を注ぐなんて、聖人君子でもなければなかなかできるもんじゃない。

 

 

でもたとえ中流以上の生活が出来ていても、子供が必要とするまともな愛情を親や周りの人間が与えられなかったら、それはその後の大きな災厄の火種になる。その火種の集合体が今現在のこの世界だと私は思っている。

 

飲み食い・トイレも自由にならない、目隠しで後ろ手に縛られ、どこに連れてこられたか全く分かっていない、不安いっぱいの外国人を寒風吹きすさぶ中野ざらしで転がし、わざわざブーツに水を入れるという嫌がらせをする、その心の中が私は気になる。ただですら心身ともに弱っている人間の手の甲を平気でレンチで捻じ切って大怪我させてしまえる、その精神状態は。何故そうなってしまったのか。心の内側にあるその原因は?

そこをどうにかしないと、今この戦争が終わってもまた同じことの繰り返しになる。

 

 

今の人間世界は、より豊かな人に追いつけ追い越せ!で必死だ。ただその豊かさは物質的な有形の豊かさであって、精神面は往々に軽視されている。

人は成長過程で栄養のあるものをちゃんと摂り、毎日身体を綺麗に手入れし、十分休息をとり、適度に運動することが必要で、それは目で見える面なので皆気を配る。これをお読みの皆様も当たり前じゃんと思われるでしょう。

でもそれと全く同じように、精神や心の面も実はちゃんと日々栄養を与えられることが必要で(つまり気配りや愛情)、ダメージを受ければ丁寧にケアされる方がいい。それは甘えでも何でもない。ひたすら意に沿わないストレスをかけられるばかりでは潰れてしまうので、ちゃんと休息も必要。でももちろん鍛錬も必要。

 

その目に見えない部分に関してはどういうわけか

体が大きくなってんだから、もう〇才なんだから、それくらい自分で何とかしろ

みたいに完全に置き去りにされている。そこは人間が最も痛みを感じる部分なので皆触れたくないのかも知れない。

なので自分の世界の有形部分(身体)と無形部分(精神・心)の両輪のバランスが全く取れていない人も多くいる。

本来両輪がバランスを保ちながら成長し、その状態で活躍することがこの世界には期待されているのにそれが出来ないということは、この世界にとっても大きな痛手で、その痛手が限界にまで膨れ上がった結果出てきたのが今現在の状態なのでしょう。

 

 

そんなことをよく考えるので、遊びは大事だと。

話が飛んでいるように見えるかも知れないけれど、飛んでない。

私の家庭は全然特に裕福でも何でもないけれど、私が余裕を持って子供に目を向け、気を配り、愛情を与え、一緒に日々を楽しむことはできている。とてもありがたいことですね。

子供たちには別に世界を救うノア(箱舟の)やイーロン・マスクにならなくてもいいから、両輪バランスよく成長し、自分なりの満足を実現できる人生を送って欲しいと思っています。世界に憎悪の大砲をぶっ放す人間にはならないように、それを阻止するだけでも大きな意味があるのです(だってうちの実家は典型的な憎悪家系だから)

そしてそれが私にできるベストな社会貢献でもあるから。世界平和に最も有効な、責任の一つだらからです。

 

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本日もお読みいただきありがとうございました。

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