昨日の記事を書き終わって、いきなり繋がったことがあったので書いてみます。
と言っても算命学は関係なく、私個人の話です。
私は双子出産後本当に背中が弱点みたいになっています。
腰ではなく、肩甲骨以下の範囲なので背中全体なのです。
ところで私は小さい頃、どこにいても入り口に背を向けて座るのがめちゃくちゃ怖かった。
その恐怖心というのは異常なほど大きかったのです。
皆どうして平気でドアに背を向けて座ったり、その姿勢で何かに集中できるんだろう?
どうなってんの?
なんで怖くないの?
というか私はなんでそれがここまで怖いの??
と不思議で仕方がなかった。
なので 座る時はぜっっっっっったいに壁に背をくっつけて、入り口が確実に視界に入る向きで座っていました。
この向きで座っていれば、突然悪い奴が入って来てもいきなりやられるということはない
数秒は稼げる
と大真面目にしょっちゅう思っていました。
それとは別に、私はこれまた小さい頃から日本の家屋というものが苦手で仕方がありませんでした。
とにかくあの薄っすら暗い感じ、どれだけ新しくて煌びやかでもどういうわけか必ず暗さを感じる日本の建物が今でも怖い。
たとえ写真集に載るような昔ながらの美しい日本建築を見ても、ずーんと心が暗く沈む感じになるのです。
これは外国に出てからますますそう思うようになりました。
だって外国の建物では全く怖くないからです。
ウィーンでお化け体験をした時ですら、全く怖くなかった。
日本を一旦出てしまったが最後、平気で入り口に背を向けて座れる。
あれ??怖くない!
と初めて思った時のあの不思議さは忘れません。
これはおそらく・・・以下は私が勝手に思っていることですが
でも多分合っているであろう仮説:
私は以前の人生で一度は日本に生まれてきている。
多分下っ端の足軽的な武士で、貧乏で、家に居る時襲撃を受けて背中を切られてる。
その時おそらく入り口に背を向けて座っていて、誰かが入ってきたと同時に背中をずばーんと切り裂かれた経験がある。
日本家屋を見るとその仄暗い雰囲気が見えてしまうのも、当時の自分の家の記憶が薄っすら甦っているのだと思う。
貧乏で隙間風だらけ、家は暗く冬は寒く、お風呂に毎日入るなんてとんでもない。
以前『 たそがれ清兵衛 』という映画を観た時
貧乏でお風呂も洗濯もろくに出来ない清兵衛のボロボロな家の様子を見て
あああ・・・そうそうこれ・・これ辛いんだよなあ・・・
としみじみ実感がわいてきたことがあります。
で、今現在の背中痛。
これ絶対その昔の経験とリンクしてるわ。
今気づいた。
未だにここまで痛いということは、自分で解決すべき何かをまだ解決できてない、仕上げられてないという合図ではないかと。
その背中を切りつけて来た誰かに、私何か悪いことしたんじゃないかなあ。
でも今の私に分かるのはここまで。
そのうち必要であればまた何らかのメッセージが来るはず。
でもなんなんだろうなあ・・?
Kawase Hasui ( Japanese, 1883-1957 ) Twilight in Itako. 1930
もちろんこんな立派な家ではございません。
コメント