駄目だ・・こいつ本格的に頭がイカれていやがる・・・と思われたら来る鑑定依頼も来なくなるなと(笑) それに
と怪しまれても困りますしね(笑
なのですが、何となく チーム佳代カテゴリー を復活させていった方が良い気がして、これから書いて行くことにします。
人間は一人では生きられない とか
今までの人生、自分一人だけで何もかも成し遂げて来たと思うなよ とか
自分一人で生きていると思うなよ とか
よく聞くフレーズですよね。
これら大抵は
ご先祖や家族のおかげで今の自分があると心得よ とか
今着ているもの、食べているものなんかも見知らぬ人のおかげでその恩恵にあずかってるんだよ とか
だから一人で何もかもできると思いあがるな、感謝せよ
的な意味で使われます。
もちろんそうです。それに異論はない。
ただしそれらのことはちょっと普通に考えれば想像がつくこと。
私が今から書きたいのは、これまた証明のしようのないあっち側の世界の話なのです。
『 目に見えない存在からの守りが 』などというのは、算命学でなくとも時々聞くフレーズ。
一般的にはそれが無くなったお爺さんおばあさんだったりと描写されます。
私は小さい頃から
目に見えない存在なんて沢山いて当たり前だろう それらが全く存在しないと考える方がどうにかしてる 何をどう考えたらそうなるんだ?くらいに思っていましたし、楽器演奏ではしょっちゅう以下の記事のような不思議な経験をしていました。 https://kayo-ruhe.com/?p=2327 何より、すごく困った時に必ずすっと助けが入るのは気付いていましたので
まあ私にも守ってくれている存在がいるわね、知ってるよ ありがとさん♪といつも思っていました。 そしてそんな存在を常に感じながら生きてきたわけですが、私は双子出産後 ベビーシッターなし 里帰り出産なし 家族血縁の助けなし という四面楚歌状態で4歳0歳0歳の面倒をほぼ1人で見なければならず どうしようもないところまで体( 特に背中 )を壊しました。 もうあの時のどん詰まり感はちょっと描写の仕様がありません。 無茶苦茶泣き続ける双子を代わりばんこに抱っこしておろして・・・を無限に繰り返し、背中を酷使したので それでなくとも妊娠出産でめちゃくちゃ負担が掛かっていた背中が、更にめちゃくちゃ悪くなり 座っても横になっても、息をしてもしなくても、ずーーーーーーーーっと激痛。 でも子供たちは大絶叫(めちゃくちゃよく泣くタイプの子だったのです、3人とも)。 毎日24時間。 私は5分も寝られない。 というのが2年くらい続きまして、ある時私を守っているはずの見えない存在に本気でブチ切れたのです。
私がここまで限界突破して頑張り続けて、でも助けがなくてどうしようもないというのに オマイら何やっとんじゃ! サボっとんちゃうぞ、しっかり目を開けて耳かっぽじってこっちの状況を把握して援助せんかい 今まで助けてくれてたのは知ってるしありがたいといつも思ってる でも今回は今までの窮地とはわけが違うの分かるやろ 今までは助けて今助けんって、それおかしいって! どーーーーーーー考えても助けるなら今やろ? ていうか何でもええから、ええ加減助けんかい!(どりゃー!!)と内面でめちゃくちゃ怒り大爆発させたんですよ。心の内で大声で叫び倒す感じですわ。 そうしたら
はぁ?という光景に一瞬繋がりました。
本日もお読みいただきありがとうございました。
Joaquín Sorolla und Bastida (1863-1923) この水!

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