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内と外、陰と陽のバランス、猿の惑星で足るを知る

 

この記事、思いのほか長くなったのでページを2つに分けています。続きはこのページの最後『 次へ 』を押してくださいね。

 


 

 

外の世界が陽であればプライベートの世界は陰。その陰陽のバランスが取れてこそ本当の意味で次に繋げられる。次の世代を生かしていける。

 

昨日の記事にも少し触れましたが

孤独命式の私が一人時間を最大限楽しめるのも家族のおかげ
今子供たちの習い事の最中で待ち時間、私にとってものすごく少ない一人になれる時間なのです。 これを聴きながらネットの繋がるカフェで記事を書いています。 いや、やっぱりキーシン最高。この究極の活舌の良さがまた...

 

算命学でいう開運って社会に出てどれくらい活躍するか、つまり名誉や仲間を得たり財産を増やしたりと目に見える華やかな活躍を重視していることが多い。それを持って開運という、的な。

もちろん子供・結婚・家族など家系についても見るのですが、そういったの世界よりもの世界でどうなのかの比重が大きい。そこを見て陽転しているか判断する場合も多い。視点が多分に男性的。

 

なので『 例えば有名な◎◎さんはご実家はこんな感じで、こういう環境で成長されて、なので今開運し大活躍されています 』みたいな話が命式の見方、開運の一例として挙げられたりするのですが、いやいやいやいや・・・今その人の家系を見ると

 

あんた生きてる間したい放題しまくってからに、子孫ガッタガタやないかい!(呆

 

みたいなのが結構ある。例題以外にもニュースをチラ見しただけでも山ほどある。

これはその人一人で頑張った、成し遂げたように見えるし、本人も自分が頑張ったからここまで来たと信じてる。むしろ算命学や四柱推命を通して見る人ですら外側に目を奪われてそう判断しがち。

実際ご本人だって全力で頑張ったのでしょう、それは否定しません。

 

でもな(←『な』出ました)ハッキリ言う。

それは 家族、つまり配偶者や子・孫のを本人たちの承諾もなく勝手に食い潰してる んですよ。有無を言わせず強奪・搾取し続けている。本人には自覚がないし、周りにいる “ 表面しか見えない ” 人たちにはすごいですねすごいですねと持ち上げられる。ましてや算命学や四柱推命みたいな目に見えない裏側も読み取って行かなければならない学問を専門にしている人ですら『 この人はこうして開運した 』とか言ってしまう。なーにが開運やねん。

配偶者や子・孫名義でガッツリ借金して豪遊してる人に『 お金が沢山入ってラッキーでしたね、開運しましたね 』言わんでしょう?それ陽転してないでしょう?勝手にツケを子孫に先送りしてるだけ。それと同じですよ。それがお金だけの話であればまだマシで、目に見えない運気の強奪なんて比較にならないほど根が深い問題になって後々尾を引く。

 

みんな派手な目に見える部分・表面の事象に引き摺られ過ぎ!

 

ホンマに何でかね?と思うわ。何故その向こう側が見えない?!

 

身内の誰かの心を恒常的に傷つけ踏み台にし、その犠牲の上に成り立つ成功は成功ではない。

その人だけを見れば部分的、一時的な成功とは言えても、長期的に見ればそれは でしかない。そこに子供がいなければまだその代で悪禍が途絶えるだけマシ。子供がいるとその禍根はその子孫へと拡大し蓄積されて、本格的にそれを受け止め犠牲になる人物が家系に出てこない限り、その禍は外の世界に飛び火する。(※1)

 

Claude Monet

 

人間にとって難しいのは(1)家族を大切にし成功させること。誰も犠牲にならず、犠牲にせず、全員が無理なく自然な有様で幸せに過ごせること。互いに人として尊重し合える関係であること。そして(2)自分自身に向き合い自分を幸せにすること。

この(1)と(2)は別々のことのように見えても、がっちり密接に繋がり合っています。家族は運命共同体であり、一つの有機体のようなものだから。なのでどちらか一方を犠牲にして片方を実現というのは無理。かならず揺り返しが来る。どちらも成功させるか、共倒れか、しかない。

 

この自分も含めた家族を大切にするという内輪の地味な作業は面映(おもは)ゆく難しく、つい逃げ出したくなる。そしてそこを満たすことが出来ない分、外で成功して補填しようとしてしまう。外で華々しく成功すればそれを目にした人は賞賛を送ってくれる、ならばきっと家族だってそれで満足に違いない、と。大枚稼いで家族に渡せばそれでチャラになるやろ?自分が地位や名誉を得たらそれで相殺できる!都合よく利用し尽くしてる家族もまあ許してくれるやろ?と。

 

けれどもそれは叶わない。それとこれとは完全に一線を画すもので、どちらかの余剰分を反対側の穴埋めにしようなんて虫のいい話は通用しないのです。

 

例えば算数の成績を伸ばそうとすること、庭のチューリップを綺麗に咲かそうとすること、この二つを同時進行している場合、チューリップが全然元気がないのを何とかしなければ!と一生懸命算数のドリルをやってみたり、模試を受けまくってみたりしても全然役に立たない。それと同じくらい頓珍漢なこと。

 

分からんでもない。男性視点というのは多分にこういうところがあるから。外に意識が傾きがち。自分にはそれしかできないと思い込んでいる部分があるから

 

 

本来家族・家系の幸せのために始めた外での活動が実を結べば、家族も喜ぶ。それは否定しない。

でもそれは始めに書いたように 内と外のバランス=陰陽バランス が取れていればこそ。

『 外の世界で成功しさえすれば家庭を放ったらかしでも足蹴にしても、自分だけでなく家族も幸せになるよな!?』と実に身勝手な単細胞的発想でそちらの方向に突き進み始めると・・・

( 都合の良い脳内図 )

 

当然バランスが崩れ始める。

原始時代、食うや食わずやのその日暮らしな時代であれば、富を蓄えることはイコール子々孫々の繁栄に繋がったでしょう。しかし近現代の日本はそうではない。いつまで原始時代気分引き摺ってんねん。

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