私はこの世カラーが薄く有形の世界に馴染みにくい、( 自分では分からないけれど多分 )大分浮世離れした人なのだろうと思います。
少なくとも算命学の命式ではそうです。
そういうわけでこの世で生きるにあたって苦手なことが結構あるのですが( ていうか無茶苦茶沢山あるわ!)、その一つに
人との距離を測る
というのがあります。
物理的に何mという話ではなく、出会ってどれくらいでどの程度距離を縮めて良いものなのか、みたいなのが 全然分かりません。
どれくらい分からないかというと『 見知らぬ土地で、一人で目的地に辿り着くこと 』くらいできません。
( 例えが当社比じゃますます分からんわ )
本当に分からないのです。
HSPでエンパスで相手の考えてることが大体分かるのに、その測量を誤る。
くっつき過ぎたり離れすぎたり。頑張れば頑張るほどおかしくなる。
どないやねん、もう!
宿命中殺の人の『( 中殺されてる )ここの部分は意図通りに行かない、何かズレる 』という性質ってこんな感じではないか?と勝手に疑似体験扱いしております。
多分合ってる。
で、上に この世カラーが薄い と書きましたが、私は天報星を2つ持っています。
高尾宗家の本を読んでいても
天馳星、天極星、天報星、天庫星は 生きていないようなものですから
みたいなことがさらっと書いてあって、あまりにそのまんま過ぎて『 ぶっw』となってしまうのですが。
その 生きていないカラー の濃い私、更にその上人間関係構築にあって欲しい禄存星、司禄星、石門星がありません。
そりゃぁ人間関係の距離の取り方分からんよね。
だから昔はそりゃもう自分を責めました( 自分責めに関しては右に出る者がいない牽牛星が中央と西にございます )。
皆できることが何故できないのか。
私が何か悪いことしてるから、皆みたいに色んな人と広く浅く適度に付き合うことが出来ないのか。
きっとそうに違いない!!( 自分責め極大無限ループ )
それとも何か?呪われてるのか?
もしくは持って生まれた性質なのか? ( ←それやそれ!)
でもある時からその性質を受け入れるようになった。
諦めた とも言えます。
というのも、そういいながらも
私にも多くはないけれど長くいい関係を続けられている友人知人が複数いて
よく考えると彼らって私が頑張って仲良くなろう!と努力して獲得した関係ではなく
全員向こうからこちらの世界にぴょん!と飛び込んで来てくれた人 なのです。
( 向こうから来る運気の流れに乗れば上手く行く、というのも宿命中殺の鉄則ですよね。
やっぱり異常干支チームと宿命中殺チームは仕組みは違えど似てるんですよ!
これについてはまた日を改めて。)
ということは
今後も必要な人は、放っておいても向こうから寄って来てくれるんだろう
と解釈しています。
多分合ってる。
人は自分にないものに意識を向けがちで、持っていない星の部分を何とかしようと悪あがきをしがちですが
そこに拘泥している時間もエネルギーも実はもったいない。
そんなことをしている暇があったら、自分が出来ることに特化してそこで楽しんでいた方がいいんだよね。
とこの辺は算命学を始める前にも勘で何となく分かっていたので、算命学で更に確認できて
今では
人との距離が変でも相手に迷惑かけなけりゃいいや♪
と思って全然気にせず生きれるようになりました。
いや、今日は性善説について書こうと思ったのに話が全然違う方に行っちゃったな・・・
というわけで明日は性善説と算命学について。
Die Waschbecken( 洗濯槽 ) – Tretiakow-Galerie, Abram Jefimowitsch Arkhipov
はぁ~人間関係って難しいわ・・・と思っていた頃の私(違
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