葛飾北斎の宿命を風景動画に直して部分解説

お日様の照る秋の風景。岩山のふもとに湖が広がり、そこに生える木が北斎さんの核を表します。


93回引っ越したと言い伝えられている引越し魔の彼、なかなか自分の現在の立ち位置、立場、役職など決まらない形の宿命です。
こういう人は1つの何かに固執せず、出来上がった形や縁を崩したり切ったりしながら前進していくのが自然です。無理がなく楽ですね。

算命学の世界では全てをこの十の自然の要素に分解して考えます

人間もまた、この十の要素で成り立っています。
あなたの命式も例外ではありません。

他にも生涯で30回以上画号(ペンネーム)を変更したことで知られていますが、そういう『あっち行ったりこっち行ったり』という変化、落ち着かない感じを細かく消化していくことでストレスを軽減できる人です。

豪快なイメージですが、命式を見ると随分繊細な感じを受けます。
あちこちばたばた走り回って、友人知人が多く、華やかな気を纏い愛されキャラだったでしょう。けれども現実生活はイマイチ苦手。実際娘のお栄(応為)と2人で絵に没頭しつつ生活はしていたものの、お栄自身も家事やお金のやりくりは苦手だったそう。出前を取っては食べた後の器を片付けず山積みにし、どうしようもなくなったら放置して引っ越すという、マナーも何もあったもんじゃない常識はずれなところがあったのです。

まあしかしそれくらい日常生活という現実ゴト、つまり雑事を放置してそのエネルギーも創作に全部利用するくらいでなければ『King of 日本の画家』とはならなかったのでしょう。

子供のうちに宿命と環境を一致させるって結構大事です。人間形成の時期ですのでね。養子なんて幼少の砌(みぎり)に親から引き離され他人と生活しなくちゃいけないので、そりゃあ辛いものでしょう。時代的にそういうのも普通だったとはいえね。それでもそこを超えることで後世華が開く、というのも大いにあるのです。

ちなみに北斎さんは第一守護神を自分の中に一応お持ちながらも、それが中殺されている。なのでもしかしたら娘のお栄が『丁』の人だった?と思ったのですが彼女の生年月日は不明。
私は北斎よりお栄の絵の方が好きで、この吉原遊郭の光の柔らかさなんて堪りませんよね。

色使いの柔らかさ、暖かさ、細やかさのなんと美しいことか。こんな素晴らしい作品を残してくれてありがとう。またこれをちゃんと代々保存して下さった美術関係の皆様もありがとう。

というわけで本日から当サイトTop画像をこの絵に変更いたしました

2025年に東京の北斎美術館に行った時、お栄の作品を期待したのですがなかったのですよねぇ
東京国立博物館に行けば観れるかな?

本日もお読みいただきありがとうございました。

長野県岩松院にある巨大鳳凰の天井画もいつか必ず観たい絵の一つです。

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