毒親・機能不全家族・虐待という環境で育った人へ。
親の虐待が凄まじく、生まれてから20年以上(読んで字の如く)死線を彷徨いながら生き延びた私の実体験です。
私と同じような毒親育ちさん。

そういう人であれば1度は突き当たったことがあるであろう疑問
自分の親は何らかの知的障害があったのでは?
私の親もあの在り方を思い返す時、ただ単に他人に対して、特に女性に対して、中でも特に最も身近にいた長女である私に対して、極限にまで増幅させた悪意悪行をぶつけまくり
何が何でもコイツを都合のいい奴隷にして生涯寄生してやろう
奴隷に一瞬でも幸せな思いなんぞさせないよう、徹底的にコイツもコイツの人生もぶち壊してやろう
という悪意に満ちた態度で生きていたのは、あまりにも『邪』な性格が原因だというだけでは説明がつかないという気がしている。
皆に称賛されたい、愛されたいが故に全力で見栄を張り、空威張りしながら、どこに行っても眉をひそめられるような存在にしかなれないのは?
日頃から
友達は沢山要らないし、自分から作ろうとも全然思わない
などと言っている私ですら、半世紀も生きれば(とてもありがたいことに)複数の友人がいる。
一方で我が親は四半世紀も私より長く生きながら、友人と呼べる人間が一人もいない。亡くなった父もそうだった。
何だろうか、これは。
当然ネットで調べてみますよね。
昔に比べて現代では知的障害や精神疾患も細かく区分され、日常生活にも浸透するくらい様々な名前(病名?症状?)を聞くことが増えました。ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症/アスペルガー症候群)、ミュンヒハウゼン症候群、それらの人たちのそばにいる人に出るカサンドラ症候群など・・色々ありますね。
私は専門家ではないので断言はできませんが、オンライン上のチェック項目を見ると、我が親はまあ驚くほど多くの項目に当てはまること限りなし・・・おそらく両親ともに複数の軽度~中度障害を抱える人たちだったのだろうと。
ところで。
少し前から一部で話題の『みいちゃんと山田さん』という漫画。
アマゾンにリンクしておきます
みいちゃんという軽度(?)知的障害のある女の子が、水商売を始めて色々あるというストーリーのようです。
私はたまたま目についた時に無料公開されている部分だけをつまみ食い的に読んでいるだけなので、詳しいわけではございません。(全部読むには内容がきつ過ぎるというのもある)
が。
漫画でこう表現されるととてもよく分かる『やっぱりそうなんだ』感。
特にキレる場面。

いくらこちらが淡々と、一つ一つ理屈を積み重ねて話を進めようとも、感情が大暴走して理性の箍(たが)が完全に吹っ飛び

キレ散らかすしかできないこの感じ。
この表情。

このみいちゃんはまだとても若いのだと思いますが、これをもっと何十年も歳を取らせて、言葉も表情もドギツくしたのが私の親。こういう表現、表情の既視感がものすごい。
特に『ああ・・・・』と頭を抱えたのがこのシーンでね。

ほぼ一字一句違わず同じ言葉を、私は母から何度聞かされたか分からない。
正確には『小説家になれば良かった~』(←小説家さんたちに本当に失礼)
(自称)感性が鋭いから。
小学校の時にクラスメートに『小説家になればいいかも』と言われたから。
ただそれだけ。

プライドはエベレスト並みに極大で、でも自分には誇れるものは何もない。
高学歴にごりっごりに憧れるのに、自分はレベルの低い短大すら卒業できなかった高卒である。
働いたことは一度もない。
手に職もない。
バイト経験も2日とかでダメになったことがあるだけ。
世間に羨まれるキラキラ人生を送りたいのに、現実にはお金ももちろんない。
ナイナイ尽くしの高卒でデキ婚(でできたのが私…)。
ナニモノかになりたい。
でもそんな頭脳も、地味に努力する気も、忍耐強さも持久力も、ない。
これでは自慢できるものが何もない、惨めすぎる。
そうだ、子供を使って人生一発逆転だ!
全力で子供をぶっ叩き続ければいくらでもどうにでも思い通りにできるでしょ♪

受験も仕事も経験皆無な人がぺらりと考えそうなこと。
まあそれはいい。(よくないが)
そう言った話の流れでよく出てくる、理解のある彼くん。
今日の本題はこれだ。

女性は知的に障害があっても “理解のある彼くん” がどこからともなく現れて、助けてもらえるからいいよね。
男性はそういう場合彼女も出来ないし・・
といった文脈で出てくるアレ。
その理解のある彼くんこそが、我が父であった。
困っている女性?背景なんて気にしないよ!
全部おいらが引き受けてあげるよ!
ん~~~~器の広い正義の見方の俺っちカッコいい~~~~(自己陶酔のドヤ顔!)!
その結果どうなる?
社会に何故、知的障害や精神疾患のある子ども&大人専門の養育機関や施設があったり、研究者がいたり研究施設があったり、精神を病んでいる人を専門に見る精神科医という職業があると思う?
何の専門知識も経験も胆力も実力も器もない人間が、ぺらっぺらの格好つけだけで全て引き受けたふりをする。
そんな人間に、本当に『やる気』だけで何十年も一人の存在を丸ごと受け入れ世話することができるか?
丸ごと引き受けるということは、日々繰り出される全く理屈の通らないあれこれを、懇切丁寧に相手をするということ。
そういった性質に関して専門知識を身につけるべく学び、それを生かし、互いに生きやすい道を模索するということ。
来る日も来る日も人間性を根本から徹底的に罵倒され続けながら、である。
感謝なんて1㎜もされない。
そんな甘い世界であるものか。
根気がいる。根性がいる。生半可な気持ちでできるものではない。
なのに生半可な格好つけだけで引き受けた。

このポーズ決めたいだけ
さあ、そんな2人に子供ができるとどうなるか。
格好をつけたいだけの “理解のある彼くん” はほどなく心底面倒くさくなり、妻から日々終わりなく繰り出される非生産性を極める愚痴、いわれのない文句、感情大暴走のキレ散らかし、論理的な話が通じず解決に進まない問題など山のような面倒ごとを
子供に丸投げする。
だってボクチン面倒だもーん♪
年端も行かない子供に全部押し付け、お前が何とかしろと言わんばかりに
- これも教育の一環
- 家族は助け合いなのだからお母さんの言うことは聞いてあげなさい
- 口答えをするな
- (主張が支離滅裂であろうが理不尽であろうがそんなものは知らん、どうでもいいから)とにかく全部要望は飲んでやれ(俺様に火の粉が降りかからないよう何とかしろよ面倒くさい)
- 親の言うことは聞いておくものだ
- 育ててやっているのだから常に感謝しろ etc.
になる。
私はこういう家庭に育ち、全部感情のゴミを押し付けられながら育ってきたので微細な点までよく分かる。
無責任な “理解のある彼くん” は、厄介だ。
きっと本当に困った人を助けられる本物もいるのだろう。
けれどいずれにせよ上記のように、素人の一時の気合だけでどうにかなるものではない。
大抵は我が父のように面倒から何十年もひたすら逃げ続けるか、自分だけで抱え込めば自分も潰れる。
それほどに大きな課題になるということだ。
本当に受け入れる気があるのであれば、ちゃんと専門知識を身につけ、日々の面倒ごとも全部自分で受け入れ処理し、間違っても年端も行かない子供を盾に逃げるなと言いたい。
自分が始めた物語だろう。
専門機関の訓練され経験を積んだ人でさえ難しいこともあろう対処を、医学部で6年以上かけて勉強してやっとなれる精神科医の役割を、物心ついた程度の幼子に期待し、期待通りにならなかったら使えない同僚のように扱いブチ切れるのはやめろ。
親の尻拭いを子供にさせるな。
などと色々なことを、我が事として思い出したのでした。
酷いコンプレックスがあるのは構わない。誰にでもある。
格好をつけてナニモノかになりたいのも構わない。
ならばそれに向けて自分で努力せよ。自分でやれ。
美味しい選択部分を自分のものとするのであれば、その後に長く続く地を這い、泥を啜るような面倒な苦行も自分で背負え。
弱いものに押し付けてはいけないよ。
本日もお読みいただきありがとうございました。

The Queen of the Night (Simon Quaglio, 1818)
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コメント
我が家と同じで。母親ほど、頭のおかしいキレ方をする人間を見たことがないです。我が家は弟の不登校で心療内科につながり、お母さんは幼稚な人でお父さんはアスペルガーですと伝えられました。別の医師に相談すると母が自己愛性人格障害で父が発達障害と言われました。この組み合わせも、みいちゃんと理解のある彼です。ちなみにうちの両親にも友人は1人もいません。
ゆりさんも大変なご苦労をなさいましたね・・・
でも1度でも心療内科というプロの目で見てもらえる機会があったのは良かったですね。
うちはどれだけなだめすかしても『私をキ〇ガイだというのかー!』で荒れ狂って終わりでしたので。
ゆりさんが今恙(つつが)なくお過ごしになっていますように!