YouTubeお勧めに上がってきたこの arteの動画。
短いけれど内容の濃い素晴らしいものでした。
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高校を卒業してなお12年間いじめの記憶に苦しめられ続け、結局自●をするに至った Pyo Ye-rimさんの実話を中心に、韓国の学校におけるいじめ問題を取り扱っています。
内容があまりにつら過ぎてぼろぼろ泣いてしまった。(外で観なくてよかった・・)
彼女は学校で殴る蹴るの暴行を受けたり、便器に頭を突っ込まれたりなど酷さレベルMAXのいじめを受け続ける。
が、学校側は見ないフリ。
教員は目の前で生徒が激しい暴力を受けていても知らん顔。それどころか「お前が何かしたんじゃないのか」と彼女に責任を押し付けんばかりの発言を平気で致す。
ある時彼女は意を決してSNSで自らのいじめ経験についてオープンにする。
そこでは支持してくれる人が多く現れたが、同時に誹謗中傷も大変なことになる。
しかし韓国では学校におけるいじめの時効は3年で、結局加害者たちにはお咎めなし。
そもそもそんな法体制がいじめを助長しているじゃないか、被害者は何年後であれ成人した後にも声を上げ、加害者を訴え、補償を得られるよう法を変えようと5万の署名が集まった。
#Hakpok 学校での暴力
Pyo Ye-rimさんが実名で声を上げたことがきっかけで『#Hakpok 学校での暴力』がネットを席巻し、日に日に被害を訴える声が増えた。直接的・間接的に関わらず、加害者として名指しされた人は有名人であろうがスポーツ選手、会社員であろうがその地位をはく奪されたり退職に追い込まれた。
しかしいじめ加害者認定をされるとカウンセリングを受けるなどの措置に繋げられるが、同時に国による記録が残るので訴えられた側は全力で抵抗する。加害を否定し、被害者側を罵倒し非難し、謝罪どころか逆に訴えるといった反撃に出ることが多く、傷ついている側は傷にもう一度ナイフを刺されるような苦しみを味わうことが多い。
私は憤っている。この怒りが私を強くする。
今私が声を上げているのは特定の誰かに復讐したり、追い詰めよう、怖がらせようというためではない。
今この瞬間にも当時の私と同じように虐められていたり、いじめに加担しているあなたたちに向かって話しかけているのです。
韓国の学校制度は日本統治下にスタートした日本の学校=軍のシステムに準じたもの。なので個人のあれこれよりも集団の利益が優先されるのです。
途中で韓国の学歴競争の過酷さについても触れられている。
日本も大概だとは思うけれど、韓国でも学校よりも塾が主戦場。
どれだけ勉強するかが鍵になっているので、文科省が該当施設や塾などに22時まで子供たちが授業を受けられるよう要請するなど。
塾の先生も『1日3時間を食事に、6時間を睡眠に充てれば子供たちは1日15時間勉強はできる』と主張する。
そこでは毎日20時間勉強する子も存在する。
嗚呼。
たったその1点だけを取り上げても、何と辛いことだろうかと思う。それが合わない子にとって。
勉強には向き不向きがある。
勉強は別に嫌いじゃないけど?くらいの子であればまだいい。
でもどう頑張っても大嫌いだという子であれば?
更に勉強には体力がいる。
私は小中高と本当に勉強せず、浪人1年だけは全力で頑張った。
その1年で14kg痩せるほど勉強をしたけれど、それでも今考えると勉強時間は1日11時間くらいだったと思う。へとへとだった。
勉強が好きでなく、その意味も見いだせず、毎日長時間それを強制される体力のない子は冗談抜きで壊れてしまう。
子供は壊れやすいものだ。
そんな不自然を毎日強制され、それ以外の道を許されない空気の中で、ストレス発散の一つとしていじめは発生する。
子供をまさにいじめで失った遺族も登場する。
私の13歳の娘は15階から飛び降りて亡くなりました。私のせいです。私が悪いのです。
いじめは自死者のみならずその家族をもとことん破壊してしまう。そんなことが起こってしまうと当事者は呆然自失、どう反応し、どう行動すればいいか分からない。
そんな場で学校は無視。文科省からの助けもない。
お父さんお母さん、今までの全てのことごめんなさい。私がすべて悪いのです。
『あなたがいない人生なんて生きている意味がないのよ』と言ってくれたよね。
でも(生きていて欲しいという)あなた方の意に添うことはもうできないの。
子供に先立たれるあなた方の苦しみは筆舌に尽くしがたいことでしょう。
本当にごめんなさい。
学校でのいじめは日本でも同じような感じだと思う。
学校や校長はその体裁に傷がつかないよう弱い者の口封じを計り、なかったことにする。中身は腐敗臭に満ち真っ黒でドロドロなのに綺麗なフリをする。力のあるサイコパスが取り仕切って、その集団にある “ストレスから来る鬱憤晴らし” の標的になるのはいつも弱いもの。
機能不全家族の拡大バージョンであり構造は全く同じ。
私は問題があるのに誰か一人を犠牲にしゴミ箱のように使って、まるで何もない綺麗なフリをするという習慣が大嫌いだ。それを続ける限り家庭でも、学校でも、会社など社会の組織でもゴミ箱役を押し付けられた人が命を失っていく。
それを止めるには動画で言われるように国のシステムを見直し、法制度を変更し、身近な人たちでタブーに切り込んで常にオープンに話すことが必要となってくる。
その一人一人の心の内や、細かいところを解体し、部品一つ一つをなかったことにせず明るみに出して、算命学でその人を解析し心の整理整頓&そこから好副作用的に発生する回復を図るのも私の一つの仕事。
大丈夫なフリ、何もまずいことなんてありませんよのフリ、綺麗なフリから来る害悪は計り知れない。
いつか必ず向かい合わなければいけない時が来る。
本日もお読みいただきありがとうございました。
2023年にお亡くなりになったPyo Ye-rimさんのご冥福をお祈りいたします。
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