キター!
中田敦彦さんによるイスラエル・ハマス戦争解説。
私はこの方の説明が大変好きで、彼のYoutube大学に出ている歴史ものは結構拝見いたしました(それ以外のエンタメ系やノウハウ系は手付かずですが)。昔からどういうわけか歴史ものが さっっっっっぱり頭に入って来ず 歴史の知識は小学生レベルで止まっておりますわたくし、随分前にもガザ地区とイスラエルの関係について理解しようと何かを読み始めたものの途中で挫折・・・
でも中田さんの説明はやはりほんっっっっと~~~~~~に分かりやすい。なのでこの動画も飛びついて見せて頂きました。
そして
やっぱ分かりやすかった~!そういうことなのかー!!
と随分頭がすっきりいたしました。
実は先日日本で行ったお話会、40人強(になったんですよ結果的に、手続きのあれこれでね)の前でお話するにあたり、私は考えたのです。
いつも本心から発信しているブログをきっかけに我々に会いに来て下さる方々の前で、せっかく30分もお話を聞いてもらえる。
しかし私は人前で話すことに関しては全くの素人である。というか初めての試みよ・・・
ということはやはりちゃんと準備はしなくちゃね。
だってテキトーに箇条書きだけ用意してアドリブで話したとして、まあそれで誰かに怒られることも大災害が起こることもない。けれど恐らくそれでは全校集会の校長先生状態になるだろう。つまり一生懸命話をしても誰の心にも届かない。皆『早く終わらないかな~』ばかり考えてる状態。
何故か。
話が分かりにくい人の話というのは『あ~』『え~っと・・』『う~』『あの~』『ん~それから』など本人は気付いていないながらも実は意味のない雑音的言葉を頻発してしまっている。聞いている側も気付かないうちにそういった散見(聞)される雑音的言葉に “ 聞くリソース ” を持っていかれ集中力が削がれる。だから聞いているのに話が入って来ない。
そしてそもそも私は噛む。噛みやすい。
それでなくとも日頃日本語をあまり使っておらず、日本のコンビニで店員さんに
いらっしゃいませ~♪
と挨拶され、思わず
あ、いらっしゃいませ(頭ペコリ)
と挨拶し返してしまう程度の日本語力に成り下がっている。
ぶっつけ本番は駄目だ。何とかしなければ。
そこで思い出しました。
以前とても理路整然とお話が上手で分かりやすい方がインタビューで
どうして(プロの噺家でもないのに)そんなにめちゃくちゃ話が上手なのですか?
と聞かれていて
自分の知っている 話がとても上手な人の真似 をして練習しているのです。
その人の話す言葉の後を追うように一緒に話してみるとか、書き出して音読してみるとか、そういうのをとにかく繰り返す。ただそれだけです。
皆ね、あなたと同じように僕に聞くのだけれど誰もやらない。
でもこれを続ければ相手に分かりやすく話し自分を理解してもらえるというスキルがつく。それも一生モノですよ。こんな財産、身に着けない方が勿体ないでしょう。
と答えられていたのを思い出したのです。
はい、長くなりましたがここで冒頭に戻ります。
私が唯一『話が上手な人』で思いついたのが中田敦彦さん。
なので彼のYoutube大学に飛んでみたところ、何と『上手な話し方』みたいな動画があったのです!それも僅か10分程度のものだったと思います。
観ましたよ。
そして
やっっっっっっっっぱりそうかあああああああああああああああああああ!!
と思ったのです。
話す内容よりも共感を呼び起こせとか色々ありましたが、彼の実体験から出て来た話はこうだった。
- 人前で話す時は何を話すかまとめる、原稿にする
- その原稿を音読するのは当然のこと、そんなのは準備したうちに入らない
- それを覚えて何度も繰り返し話す
- そして一人で繰り返すだけでなく、必ず3度は3人以上の聞き手の前で本番さながら通しでリハーサルをする
(ざっくりこんな感じ)
話す職業の人は大抵やっているし、それをやらずぶっつけ本番で適当にやっちゃう人は大抵ガタガタになる、と。
やっっっっっっっっぱりそうなんだあああああああああああああああああああ!!
でしょ?
私にしたらそれはもう完全に楽器のコンサートと同じなのですよ。
譜読み、曲の形に仕上げるなんてのはコンサートの準備段階にすら入らない。
暗譜し、通しで何度も繰り返し、やはりそれでも足りない。
必ず本番前は数人の前で最初から最後までコンサート形式でリハーサルをする。
それを何十年も積み重ねてきているからこそあの話術なんだよなぁ、と嬉しくなりましたよ。本当に出来る人はやはり影での地味~~~な努力を必ず人知れずコツコツ積み上げてる。そういう人が存在するのが嬉しい。
私の人前でのお話は今回が何もかも初であり、暗記やリハーサルまで殆ど行きませんでした。そしてもちろんプロ中のプロの中田さんとは比ぶべくもないのは当然ですが『人前で話すということ』にいきなり人生で意識が開いた瞬間であり、めちゃくちゃ良い経験になりました。
そしてそこまで考えたり拘ったりするのも、やはり龍高星や調舒星、貫索星など私が持っている星をいちいち意識して最大限使っているからです。いつ何時も常に自分の命式を意識する。常にその道標に沿って最大限使い倒す。
その繰り返しで人生は大きく変わって行くから。
本日もお読みいただきありがとうございました。
Sermon of Josaphat Kuntsevich in Belarus, 1893 by Ilya Repin
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