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算命学に向いているかどうか。勉強と鑑定は違う。(3)

 

前回からの続き:

算命学に向いているかどうか。勉強と鑑定は違う。(2)鑑定には覚悟が要る
PCでこのサイトを見ると上から下から広告が出て来るようになりましたよね?なんでなの??(知らんがな) 私は何も触ってないのですが何故か設定が変更になったようで、大変鬱陶しいことご迷惑をおかけ致します。できるだけ早く以前の状態に...

 

 

4、自分のすることは全部自分に返って来る

 

つまり何が言いたいかというと、自分のすること、考えていること、何かに対峙する時の姿勢や在り方というのは結局全部自分に返って来るということ。

 

自分の人生に関して真面目に取り組み、考えあぐねた末に困り切って相談に来られる人たちに『 自分さえ楽して美味しい思いできればいいのさ 』とばかりに誠意も知識もないインチキアドバイスをする。

それがきっかけでその人の人生が困難なものになれば、それはもちろん問題です。

 

もっと大きな問題はその人に対する不誠実な在り方。相談者ご本人は騙せても、その見えないチームメンバーたちは『 こいつ我々の◎◎をコケにしてしやがったな 』とその記憶は残るわけです。残るんですよ?人は誰かに侮辱された、大切にされなかったという悲しさを忘れない。

 

そしてそれは自分に悪業となって、マイナスポイント、因縁となって蓄積されてていく。たかが数千円、数万円のために、毎度目に見えない大きな負債をせっせと掻き集める。大きな目で見れば、一見得しているようでめちゃくちゃマイナスよ?

 

自分のしたことは必ず返ってくと言うのは、別に天罰が下るとか本人に仕返しされるとかそういう話ではなく、これも中庸、陰陽バランスの話で、必ず清算させられる時が来るということ。お金しか見えず、テキトーなことをしてもバレなければいい、死ぬまで上手く逃げ切れればそれでよしとも考えられるかも知れませんがとんでもない。それ、あっちの世界に帰った後大変よ?とよく思うわけです。

 

更に。

算命学ではお馴染み、自分のしたことは自分の子孫にツケがまわるという話。人に社会に喜ばれる行いは子孫に恵みをもたらし、インチキ・悪行はマイナスポイントとしてツケがまわる。子孫に自分の尻拭いをさせることになる。それでいいの?という話でもあります。

そんな風に全部自分に返って来るのに、しょうもない気持ちで鑑定したい?する?ということ。

私はやだね。

 

Old Woman Reading by Gerard Dou、原典算命学大系にのめり込み過ぎて老け込む私

 

しかしそれ以前に!

自分のチームメンバーに自分の黒い醜態がバレバレ。いいんですかね、それで。

 

5、実際の鑑定におけるチームメンバーたちとの関係、私の場合

 

などと長々書いてきたこれらのことは私にとってはあまりに当たり前すぎることで、その上でどんな感じで鑑定しているか。

 

鑑定ご依頼を頂いたらすぐに命式を出して見るのですが、一度見ると陽占・陰占は頭に入ります。そこから実際の鑑定日まで( 1~数週間 )わりとずっと考えています。考えなければ!という義務感ではなく

こんにちは。今度鑑定させていただく佳代です。宜しくお願い致します。もし◎◎さん(=依頼者様)にお伝えした方がいいことがあれば私で良ければお伝えしますので、霊感なし子の私にも分かるようにお知らせくださいね。

と◎◎さんの周囲にいらっしゃるチーム◎◎のメンバーにまずはご挨拶します。それでこちらの意図は届きます。そこから鑑定まで( 正確には鑑定後の1週間のメールフォロー終わりまで )はずっと繋がるので折に触れ思い出し考えるといった感じです。

 

そうすると鑑定日まで特に何もないこともありますが、ああ、あの話はこれかも!?とピンとくることがあったり、ふと唐突に気になって調べたことが◎◎さんにとって大事なことであったりするわけです。またがっちがちにご相談内容に向き合うよりも、気を緩めて違うことをしている時にふと答えに繋がることの方が多いです。

また何気なくお伝えしたことが私や◎◎さんにその瞬間は大したことに思えなくとも、それがご本人の記憶に残り必要な瞬間にまた解凍されて顔を出すということもあります。いい意味での時限爆弾みたいな感じですね。

 

そして大抵は『 身辺スッキリ綺麗にしてから向き合おう 』と禊(みそぎ)払い的に鑑定前にお風呂に入りますし、鑑定中依頼者様とお話しながらもそのチームメンバーに『 今ならお伝えできるので、何かお伝えした方がいいことがあれば私に分かるようにお知らせくださいね。できるだけのことはいたしますので。』とよく念を送っています。

 

と書くと大袈裟な作り話っぽいかも知れませんが、私は普段の生活でも当たり前にこんな感じです。

以前この辺にもちょっと書きましたね。

映画 “ ベルリン天使の詩 ” が最も伝えかったこと(2)
あっち側の存在からすると、人間界の 言葉 ってとても分かりにくいのです。 その気になって一生懸命分かろうとすれば分からないことはないけれども。 言葉はこの世的伝達ツールでしかない。

 

 

まあ他人のチームメンバーですらこんな感じで捉えていますので、チーム佳代の存在は常に感じているわけで。こんな大事な仕事を任されて いい加減にやってたらそりゃもうチーム佳代の皆さんにはモロバレ ですし、間違ったこと・ズレたことをしていたら彼らから必ず合図が出ます。現実的な現象として覿面(てきめん)に出ます。これはもう子供の頃からそう。その合図をちゃんと受け止められるようになったのは最近ですけれど。

 

今のところ、算命学に出会った時に『 これだ!今後人生でやるべきはこれだ、やっっっっと見つけた!』と感じたあの感覚は間違いではなかった、勉強も鑑定もやっていて違和感が全然ないことと、『 あれ?何か変えていった方がいいんだな?』というような現象も起きていません。その辺私はチーム佳代の判断をすごく信用しているので、鑑定のたびに自分の感覚に向き合って『 このまま行って大丈夫かな?』と確かめています。

 

そんな風に私は算命学の鑑定を捉えているので、勉強はやってみれば合う・合わないが自分で分かるはずですが、鑑定に関しては『 楽して短時間で云々~♪』と思う人はやめておいた方がいいんじゃないかな?と思う次第です。

 

Monk Reading the Bible by Gerard Dou、禿げ上がるほど算命学に没頭する私

 

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