昨日は赤ちゃん(生後6週間!)を見ましてすっかり元気になりました。
いやもともと元気なのですが、学校が始まってまたお弁当と朝ごはんのために6時半に起きなくちゃいけない!と思って何故か3時に起きてしまうといういつものパターンが始まりました。時間感覚激薄な天報星人である私はもうリズムがガタガタです。
でもいいもんね、赤ちゃん見たもんね♪(←)
息子の学校で夏休み前に臨月だったお母さんには
もうすぐ出産やん、楽しみやね~頑張って!
と言って別れたのですが、昨日会うと
あれからねえ、すぐ生まれたんよ。
だから今年の夏は新生児の世話でどこにも行けんかったわ~でも可愛いわ~♪
とのこと(トルコ系ドイツ人)。可愛いよねえ新生児。全てが小さくて可愛くて尊い。
赤ちゃんは皆、毎日24時間もうお腹一杯!というほど周りの愛情に埋もれて生きて欲しいな。
ところでその愛情。
いくらチョコレート好きでもお腹一杯チョコレートを食べて、更にあっちからもこっちからもチョコレートを貰って家の中チョコレートだらけ!となったら周りにお裾分けしようかな♪となりますよね。
若い頃はあれもこれもしてみたい、あれもこれも欲しい!が普通だけれど、自分で稼ぎ始めてやってみたかったことをある程度全部網羅して、欲しかったものも一通り手に入れると、そのうち『 自分を満たすだけ 』に飽きて来る。逆にそれだけでは物足りなくなってくる。あれ?他の誰かの幸せに貢献する方が楽しいぞ!?ということに少しずつ気付いてくる。
これは順番が大事で
周りにチョコレート配る人はえらいんだからああなりなさい!
周りのことをまず考えて、周りに貢献しなさい!
と言われたところで、自分がまず満たされてないと続かない。
物事には順序があって、それが乱れると何も実を結ばないことがある。まず自分が十分満たされて、そこから余裕が出た分で周りに貢献しようと、自然にそういう気になるのが大事。
愛情もそう。
もういい大人なのに子供から、配偶者から、そして部下や生徒など自分より弱そうな立場の人たちから有形無形のものをがつがつ搾取しようとする人たち。それに飽き足らずその相手をこき下ろし、貶めてでも、偽の『 満たされている感 』を演出ようとしたりする。最近よく耳にするマウンティングという言葉もまさにそれ。
そういう人たちが周りに甚大な被害を及ぼすほど迷惑を掛けていながらもいつまでも被害者意識を持っているのは、実は幼少期や成長期に与えられるべき最低限の愛情を得ていないから。それに本人も周りも気付いていない。しかし頭では分かっていなくとも、生きて行く上で自分には何かが絶望的に足りない!と無意識に強烈に知っていて、その不足分を形(なり)振り構わず補おうとする。
そういう人たちにいくら反省を促したり『 自分が変われば相手も変わります 』などと尤もらしいことを言ってみたり、『 人間関係 give and take だから先に差し出せばいい 』などと言ってみても全く意味がありません。
小さい頃からずっと栄養失調で大人になり体も弱く体力もない人に『 プロアスリートになるにはまずはストレッチ、その後プランクにジョギングから始めるといいよ!』と元気いっぱいアドバイスを投げかけるくらい変。いやまず十分栄養を摂ることを習慣づけて、十分睡眠も取って、体がある程度整ってから徐々にスポーツすればいいよということです。
でもそういった話は目に見える物質面では通じても、精神や愛情といった無形の世界のことにとなると殆どの人はいきなり盲目になる。問題も不足もなかったことになって、全部大丈夫であることになって、挙句の果てには本人が甘えてる!みたいな話に飛躍する。
そうじゃないんだ。
目に見える世界の現象は全て、目に見えないところで起こっている出来事のヒント。それもかなりダイレクトに暗示してくれるヒント。
自分を満たす → お腹一杯になる → 周りを満たす
これは世界の有形・無形関係なく通用する鉄則。この順番ものすごく大事。逆順は続かないよ。
なんてことを瞑想中に、自分と外側のバランスについて考えていた時強く思ったのでした。これも陰陽バランスなんだな。
大昔、まだ長男が小さかった頃。もう親の愛情はお腹一杯、十分頂きましたんで後は一人でさせてね!と羽ばたいて行けるように子供には十分愛情を注ぎたいものですね。
本日もお読みいただきありがとうございました。
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