大運の西方納音は因縁解脱、代々の洗脳を解くチャンス

昨日はまたこの方のコンサートに行って参りました。

Jan Lisiecki/ ヤン・リシエツキ氏 in ドルトムント

当サイトではお馴染みのカナダ人ピアニスト。
この間も行ったよね?と思って記事を遡ったら見つけました。

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この世の面倒なところ且つ醍醐味、Jan Lisiecki氏を聴いて 誰にだって元いた世界での、元の姿の、自分の存在の本質があって、向こうの世界ではそれがダイレクトに表れるから。というかそれしかない世界だから。 どんな人にも忘れてはいるけれど、でも自分でも薄々気づいている自分の奥の世界がある。 そこに触れる瞬間が好き。

プログラムは前回と順は違えど中身はほぼ同じ。

今回は…手で弾いてるって感じだったな。
いや、ピアノなんだから手で弾くだろうよ、と思われそうですがそうじゃないんだよ。違う。でも技術は鰻登りの超一級、これ以上なく完璧な演奏でした。

それよりも。
聴いている間ずっと考えていました。

について。

どんな人も10年ごとに運気のまとまりが変化して行って、その塊を大運といいます。大運ごとにできそうなこと、難しいこと、守護神周り、忌神周り、天中殺、普通、ナントカ格入りなどなど色々テーマが出てきて、運がいい悪いではなく『この時は○○について考え行動する時』みたいに課題が読めたりします。
注:特に何もない時もあります。

で、西方納音とはこんな感じ。

因縁解脱の前に「因縁」って何だよ?という話ですよね。
思い残しの念、不完全燃焼感、強い執着と言えばいいでしょうか。因縁と聞いてパッと思い浮かべる恨みの念もこの中に入ります。

自分個人のそういった念を解消するというよりも、先祖代々積み重なって当然のように日常生活に紛れ込んでしまっている、その家系では半ば常識のようになって空気のように存在している何か。断ち切った方が自分にも家系にも、今後生まれてくる子孫にも良いだろうという流れのようなものをここで断ち切れるよ!というのが

というわけです。

そりゃあ先祖代々要らんのに継続してきちゃった負の連鎖、断ち切ろうと思っても一朝一夕には参りません。雀百まで踊り忘れずといいますが、幼少期からどころか、先代も先々代も何ならそれ以前の先祖も自分たちで「当たり前じゃん」と思っているMy(our)常識をのみ込んで継承して来てしまったのだから。
完全洗脳状態
解消するのにはそれだけの

  • 自覚
  • 意識
  • 根性
  • 気合

は必要です。

演奏を聴きながら思っていたのは

果たしてそれらがあったとしてもたった10年ごときで断ち切れるものだろうか?

ということ。

まあそれほど害のないものであれば、どっちでもいいよねとうやむやにはできる・・・けれどそんな状態であれば『大運に西方納音が出て来る人』は生まれない。
皆が皆、大運に西方納音が出るわけではないのです。
大運って早く亡くなる人であれば1旬(初旬始まる前に亡くなる人もいますが)、長生きする人であれば10旬とか?なので、多くてもその10パターンのうち1回西に納音が周ってくる?という話なのです。あまりいませんよ、そういう人。

大昔サリンテロを起こしたオウム真理教が流行った頃。
取り込まれた家族を、何とか洗脳を解いて、教団から引き離して、日常生活に戻すのが如何に困難かTVで取り上げられていたのを覚えています。

あれは自分以外の人たちからの熱烈な働きかけがあってなお、自らの異常性に気付かず、目が覚めるのは難しいという話。況や「自分で気づき、自分で洗脳を断ち切り、根底から意識を変えること」をや、ですよ。

そしてそれは日々の生活に浸透しているものだからこそ

STEP
気付いた!

STEP
お祓いして貰った!

STEP
完了!

なーんてチャチャっと完成するものではない
自分にとっての「これは当たり前」をいちいち客観的に確認して、おかしければ、有害であれば修正するという地味~~~~~~~~~~~~~な作業を延々継続する必要がある。
また人は変化を嫌うもの。そういう改革を起こせば、身近で反発は免れない。

それでもなおそれをする上で、特に運気が味方してくれて効果が表れやすいですよ!
というのが西方納音の大運ってわけ。

まあそこまで自分で行けなくとも、その期間はそれまで当然のように継続されてきた何かが、形を持ってどしゃーん!とひっくり返ったり、崩れたり、離れて行ったりする。
その出来事が自分で気付くきっかけに大いになり得る。何か深いところで修正すべきところがあるのでは?と。

本日もお読みいただきありがとうございました。

まあそれを考えると西方天剋地冲なんてもっと激しいわけで、形も意識も根底から大変化!になります。後天運にそういうのがある皆さんは一緒に頑張りましょう(←あるらしい)

Blue Boat in Port Collioure, 1902 Henri-Jean Guillaume Martin

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