阿部慎之助氏とお嬢さん、家系における役割と『その意識』が本当に向かう先は

私的にあまりにもタイムリーな話題。

先にこの記事で一番書きたいことを書いておきますと、児相に通報したお嬢さん。あれは彼女一人がしたことのように見えますが、後ろにご先祖の力がついています。
証明しろー!と言われてもできないことなので、証明が必要な方はUターン推奨で。

子供が児相や警察に助けを求めるのは余程のこと
これを見た時に最初に思ったのが、誰かが命を落とす前に外に助けを求められてよかった!ということ。
大袈裟だと思いますか?そう思えるあなたは穏やかで平和な環境に恵まれて生きてきたということ。おめでとう。

基本子供は身を挺してでも親や家族を守ろうとする生き物。だって家族が自分の生きる場なのだから。自分が命を繋いでいける唯一の場所なのだから。
ということは、こういうことが生まれてこの方何十年も積み重なって、このままでは誰かが命を落とす!くらいの危機感だったのでしょう。

『普通は…』と話す時、その普通の基準は人によって大きく異なります。
が、私の場合は誰かが誰かの胸倉を掴んでド突くとか投げ飛ばすなど、偶然目に入るオリンピック柔道の試合でしか見たことがない。男性が女性に暴力を振るう場面も、リアルで見たのは今までの人生モスクワで1度だけ。
暴力が日常的に存在する日々は、私には普通ではない。

お嬢さんの命式は分かりませんが、まちがいなく負の連鎖を止める役割をお持ちのはず。
父親のDVも、今突然発生したはずがないのです。
ほぼ間違いなくこの方にとって、昔から暴力は日々のありふれた光景の一つだったのでしょう。そういう土壌があった。人に暴力を振るうというハードルを越えさせる、その許可を与える手本が小さい頃から身近になければ、人はこうはならない。

事態がここまで大きくなるのは、そこまでしないと止められないところまで来ていたから。
それを『私さえ我慢すれば』で綺麗なふりして蓋をする人が殆どな中、公になってもと行動したお嬢さんは勇気があるし、掛け替えのない重要な役目の一歩を果たされたと思う。
大変なお役目だし、これからの世間からの風当たりも相当なものになるでしょう。
けれどもこれがきっかけで、子供が外に助けを求められると社会に周知されることにもなる。何重にも徳を積んでいらっしゃる。

常日頃から書いていますが、私たちはあの世とこの世で別世界に居ながらも、先祖と繋がっています。家系存続に繋がるアレコレに関しては特に、先祖と実はタッグを組んで生きているのだよね。

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彼女の背後には、必ずご先祖がついています。当然複数です。
何故なら家系の問題、因縁というのは、この世とあの世でタッグを組んで協力体制で解決していくものだから。
ただ行動と生き方によって解決を得る鍵を握るのは、この世にいる我々という話。

ということは、記者会見で涙を流したあの野球の監督にも同じようにご先祖はついているということ。
家庭内という内輪だけではどうしようもないところまで煮詰まった。なので外の世界までも巻き込んで、言ってみれば外の力も借りて、どうにか整理するんだぞ!と。

『外の世界を巻き込む』と書きましたが、最も周りに影響を及ぼし巻き込みやすい形に、今この監督の命式はなっています。
隠されていたことは明るみに出る天中殺。
それも周りが無視できないほど強い影響力を持って。現在ほぼ炎上格みたいな風景なのです。

今年はこのフリーダカーロの命式風景と似ている。ここまで炎上すると周りは無視できない。必ず周りを巻き込む。

このDVの監督は丙戌で午未天中殺
この方こそ家系の流れの中で終わらせるべきことを、終わらせる役目の人。
命式を拝見すると、おそらくご実家でも表には表れてこないご苦労が大いにおありだったと推察されます。
しかもとても神経が細やかで、傷つきやすい人。感受性が高い人。その感受性の高さは無駄に与えられたものではない。それを生かして、周りの(特に身近な人の)気の動きもちゃんとキャッチして、考えて行動しろということなのです。
でも繊細だからこそ、人一倍つらいことも多かったでしょうね。

『その痛みに向かい合うのは辛い。怖い。またあの(実家での)苦しさを心のうちに再現し、対峙しなければならないなんて絶対いやだ。』
分かります、どんな人にとってもそれが一番恐ろしいこと。だから無意識に逃げる。
その痛みから逃れるべく、仕事や異性関係など外の世界に逃げて何とか目を逸らそうとする人は多い。痛みを紛らわせようとする。目を逸らしている内に、心の奥底にある痛みが消えてくれないだろうか。お金を稼ぐことで、成功することで、チャラにならないだろうか。別の異性に好かれることで自分の存在価値を証明して、根本的問題が雲散霧消しないだろうか。頼む・・・

しないのです。残念ながら。
それがその人に課された人生の課題だから。家系における役割だから。

外の世界と内の世界(家族、家系)を混ぜて薄めることはできない。
そして先祖代々分かっちゃいるけど見て見ぬフリして、何も問題はございませんよと美しいフリをして、根本的解決を毎世代先延ばしにしてきたツケが、エベレストのように巨大になってこの親子にのしかかっている。

上司が言うことを聞いてくれないからと言って、胸倉を掴んでぶん投げるのか?否。
道行く知らぬ人が気に入らないからと言って、胸倉を掴んでぶん投げるのか?否。
家族が思い通りにならないからと言って、胸倉を掴んでぶん投げるのか?(YES)。

してはいけないことは分かっている。でも家族になら別にいいじゃんね…というのは甘え親が子に甘えているのです。
私がよく『子供は親を甘やかしてはいけない』というのはここ。ここを甘やかしてズルズルいくと、看過してはいけない問題が子孫に持ち越され、次の世代、その次の世代に雪だるま式に膨らんだ地獄が降りかかる。

加害者である我身を棚に上げ、暴力を振るった相手=被害者である娘があたかも問題行為を起こしたかのように反省文を書かせ、被害者面で読み上げ、およよと公に涙を流す。その涙は

甘え。途方もなく厚かましい甘え。
そこには親としての覚悟も、節度ある大人としての矜持も、清々しいスポーツマンシップも、毅然とした品格ある男らしさも正義も何もない。自分さえ助かれば、の保身一色。
それを何とかしようと親をいなし、解決のために行動に出る子供。
そこにあるのは完全な親子の役割逆転。

そして自らを見直すチャンスを身を挺して与えてくれた我が子のおかげで目を覚ますどころか、この期に及んで若干18歳の娘を盾に、娘を悪役にして世間の同情を引き身を守ろうとする作戦を展開する。

まさに先日書いたこの記事の突っ込んだ解釈『子を売って我身は助かる親』、ゲーテはこれを言いたかったのでは?のパターンと同じなのだよね。

あわせて読みたい
F. シューベルトのErlkoenig/魔王に見る親子関係、どちらがどちらを守り食い物にするのか。現代でもよく... 父は子を守るのか。その意識は本当はどこに向いているのか。子供のためか、自分が生き延びるためか。ゲーテが言いたかったことは。

加害者ほど被害者面をする、の王道を行く姿は美しくない。
そこには子に対する罪悪感、謝罪の気持ち、子を少しでも守ろうという意識、根っこにある問題にまともに向き合おうという潔さ、人としての品格はない
もう片方の親は空気。典型的過ぎる機能不全家族なのだよね。

ご先祖は見ているし、あの世には魂胆は全部モロバレ。
それは知っておいた方がいい。

お嬢さんは妹さんもいらっしゃるとか。
暴力が席巻する家庭に育った子供は、大人になっても傷と痛みを抱えたまま苦労する。でも逃げずに立ち向かった、行動に出たことは必ず報われます。
専門家の協力を得るなどして、何とか心身ともに独立して幸せな人生を送ることができますように。

そしてどの人も『自分の意識が本当はどこを向いているのか』を見つめる勇気が持てますように。

本日もお読みいただきありがとうございました。

我が子を食らうサトゥルヌス(Saturno devorando a su hijo)byゴヤ

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