それは果たして創作で昇華し切れるのか。

草間彌生さんという芸術家がお亡くなりになりましたね。ご冥福をお祈り申し上げます。
この方の存在や作品は目にしたことがある・・・という程度でしたのでほんの少し調べてみましたところ、資産家の出ながら親御さんがなかなか難しい方であったらしく、
・父親の嘉門は婿養子であり、女性関係が派手だった
・両親の仲は非常に悪く、家庭内での争いが常という環境で育つ
・母親は気性が激しく、幼少期から絵を描き続けていた草間を厳しく咎め、スケッチブックを取り上げるなどの抑圧的な態度をとった
・両親の不仲や保守的な家風、家庭環境の重圧が、草間が幼い頃から苦しんだ幻覚や幻聴(精神的負担)の大きな要因の一つとなる
相当高い猛毒度の家庭で生まれ育ったことが生涯に渡り彼女の精神を蝕み、晩年は精神病院に定住しそこからアトリエに通う生活であったとか。
ところで私は、最近近くの美術館で草間彌生展があり、私の芸術好きをよく知るドイツ人に『草間彌生展やってるよ、行った?』と聞かれ『行かない』と即答する程度には “ファンではない” と公言できます。

全く興味を惹かれないのでわざわざ行かないのは当然なのですが、お亡くなりになって敢えて考えてみると「興味が惹かれない」というよりも、正確には『あの強烈な禍々しさに近寄れない』だなと。濃厚すぎる禍々しさ。
以前この黄色いブツブツカボチャをどこかの埠頭に置くというニュースを見て

住人の皆さん的にはOKなのかそれ・・・??
と思ったものです。
なるほど彼女の創作エネルギーの源は、親に残酷に虐げられた心の傷。そこからくる憤怒、悲哀、苦しみ。そしてそんな状況にまで煮詰めた先祖の業、家系の因縁。代々見ないふりをして先送りされた毒の蓄積を延々受け止めさせられ、自らの内に蓄積されたそれを作品に吐き出す一生だったのか。
と考えるとあの禍々しさは実に誠実に作品に濃縮されているし、私が近寄れない(近寄りたくない)と思ったのも無理はない。

主な実績と評価に関しては
・『TIME』誌「世界で最も影響力のある100人」(2016年): アート部門で世界で唯一選出され話題に。
・文化勲章を受章(2016年)
・高松宮殿下記念世界文化賞(2006年)
・フランス芸術文化勲章オフィシエ(2003年)
・女性アーティスト世界トップのオークション市場: オークション年間総売上高で世界のトップ10入りを果たし、作品は数億円〜15億円超で取引される現代アート界屈指の市場価値を獲得。
など華々しいこと限りなく名も実もその手中に。
で?
である。
間違いなく素晴らしい功績だ。
で?
彼女の内なる傷は癒えたのか。理想の心境に辿り着けたのか。
そこまで文句のつけようのないレベルで世界的に大きく評価されたにもかかわらず、彼女は最後まで精神病院にいた。それは、精神の安定・健康を取り戻すことができなかったことを意味するのかも知れない。
少し話は変わるが、私の好きな漫画作品に「進撃の巨人」がある。そこでは最初から最後まで一貫して見える、作者の要となる強烈なメッセージが
戦え戦え
勝てば生きる
負ければ死ぬ
戦わなければ勝てない
戦え戦え



命を削りながら人生賭けて産み出す作品には、必ず作者の心にある最重要案件が滲み出すものです。たとえ本人がそのつもりがなくても。
この作者さんは一体どれだけの抑圧と圧迫感の元で過ごされてきたのか。自由を手に入れるには生きなければ、生きるためには勝たなければ、勝つためには戦わなければ、でないと死ぬ!という強迫観念にも似た人生のテーマ。
それがが常についてまわるって、一体何があったのだろう?
なんて思っていた時がありました。
ある時偶然、この作者さんと父上がインタビューに答えている短い動画を見たことがありましてね。(いや、もしかしてそれを文に起こしたものを読んだのかも?失念)
その時に「ああ、これか。」と思ったのです。
そこで父上は作者さんのことを、カメラの前であるにもかかわらず大っぴらに馬鹿にし貶すような態度でした。「こんなやつが描くマンガなんて読むやついんの?笑」的な。その傍で伏し目がちに黙って、きまり悪そうに静かに座る作者。
それは機能不全家族出身者にはあまりにもお馴染みすぎる光景。
人はいとも簡単に「感情を表現活動で昇華すればよい」などと言います。実際それは間違っていない。そしてお二人とも内側で巨大にこんがらがった黒い毛糸の玉のような心の滓(おり)を作品に吐き出していらっしゃる。人の心を打つ強烈で素晴らしい芸術にまで昇華されている。
しかし進撃の作者である諌山氏は世界的名声と富を手にして、念願の自由を手に入れられたのか。

草間彌生さんにしろ諌山さんにしろ、世界が認めるとてつもない成功を収めた今、果たして心の平穏は得られたのか。果たして心の底から幸せだと言える清々しい日々を手に入れられたのだろうか。
97歳、四捨五入で100歳にもなる大往生の人生で継続して作品を生み出し続けてきた。その結果、果たしてすべてスッキリするまで昇華し切れたのか。昇華しきれるものなのか。100年それ一点で頑張ってもまだ家系のドブ掃除(解毒、因縁解消)は完結しないのか。
そんなことを考えました。
たとえ解消し切れないにしても、家系のドブ掃除はずっと続く。何しろ何世代もの先祖が取り組むべき課題を見て見ぬフリし、解決への取り組みを先送りし、何十年何百年分溜まったものがドブ掃除係の人生にドカッと降りかかっている。1世代で成し遂げられれば万々歳。地味で重い責務ですが、やらねばそれもまた地獄。
なので淡々とそれに取り組むのが正解ということになりますね。
本日もお読みいただきありがとうございました。
じゃあどうすれば?は命式を見てこの星があるからこうですねとか、親との関係は実際命式にもこう出ているから云々…という技術のその先のお話をしてみました。


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