褒められた性質ではございませんが、わたくしは自分から人に寄って行って
友達になりましょうよ!
是非仲良くしませんか?

というタイプではありません。
むしろ集合して何かしなければいけない時は責任を果たすために参加はしますが、やることはやって後はできるだけ息を潜めて無色透明でいようとするところがあります。昔から。そしてそれでいいと思っています。
だって一人ですんごい充実、一人で楽しい人なのだもの。

ふふ~ん♪
でもそんなどう考えても社交的とは言い難いわたくしにも、友人といえる人がいましてね。それも片手で数えられないくらいには。こんななのにことあるごとに連絡してくれて、会いたいと言ってくれる。そして長くいい関係が続いている友人たち。

とてもありがたいですよね。ありがたい。
だって私は積極的に人間関係を広げるのが苦手。正直、距離を詰められるのは老若男女を問わず超苦手。ママ友なんて全然要らない(し、いないつもりな自認)。
何故そんなこと急に思ったかといいますと、本日?日本では成人式なのですね。で、自分の成人式を思い出しまして。
私は学校は本当に年を経るごとにますます楽しくなかったですし、皆何がそんなにいつも楽しいのだろう?と不思議で仕方なく。家は家で我欲に任せて子供をコントロールし消費し尽くしてやろうと煮え滾り、少しでも思うままにならないとヒステリーで荒れ狂う母がいて地獄だし・・・で、本当に暗かった。暗黒時代。友達もいなかった気がするのよね・・・いや、いたのかな・・??

なのに、成人式はめっぽう楽しかった。最高に楽しかった。
やはりその時も誘ってくれて、仲間に入れてくれて、盛り上げてくれてという同級生たちに助けられた(というと変ですが)のでした。
その時の友人たちもまだ繋がりがあります。

ありがたいよね。
この天然記念物レベルを誇る社交性の低さであれば、どこに行ってもぽつーんとなっておかしくない。
なのに何だかんだでいつも気にかけてくれて大事にしてくれる友人知人がいる。
本当にありがたいよ。
本日もお読みいただきありがとうございました。

Marianne Stokes Jungfrau und Kind/ 乙女と子供 by Marianne Stokes (2026年 Albertina美術館)
以前にも書いたことがあるのですが、そんなとっつきにくいであろう私の雰囲気を『そんなの知らねえ!』とばかりにバーン!と壁を突破して来てくれるのは、決まって天馳星持ちさん。こういうところも
天馳星すごいな・・
と思う所以です。
最初話かけにくかったでしょう?
と聞いても、リップサービスではなく素で『何が?何の話?』となるのが天馳星。

普通の人に見えるものが見えてないという強さなのよね。逆に普通の人には見えていないものが見えていたりするのでしょうね。
私にはとてもありがたい(笑)
そしてそういう人たちの距離の詰め方はイヤじゃないのですよね。天馳星さんのそれは感性100%の極めて瞬発的で、損得勘定みたいな世俗的要素が絡まないからかな。不思議。

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