六種類の天中殺
- 子丑天中殺
- 寅卯天中殺
- 辰巳天中殺
- 午未天中殺
- 申酉天中殺
- 戌亥天中殺
人間は皆どれか一つの天中殺グループに属します。
〇〇天中殺の〇〇というのは下のように方角を図にした時に、欠けているところを表すものです。
たとえば子丑天中殺は子丑の方角、つまり北が欠落する。
北の場所といえば目上の場所。
なので生涯を通じて目上の人との関係が美にならない、とします。
美にならないとは、いくら心を砕いて通じ合おうと思っても何だか誤解されたり、疎遠になったり、騙されたり・・・と確かな実のある繋がりとはなりにくいよということです。『虚』の繋がりですね。
こういった特徴は皆それぞれに何らかの形であるもので、その欠落部分がいわばその人の弱点にもなる。
これは鼻が欠落している人(人?)
思い通りに行かないその部分こそが、自己形成のための試練の場所であり、そこから学べることが大きいぞー!そこがチャンスだぞー!とも言えるのです。
発想の転換だ!
そしてそこから逃げ出すことを考えるよりも、そういうものなのだと受け入れ背負う力量を養うことで人間的成長に繋げられますよ、と。
言うは易し・・。
欠けている部分というのは天中殺の方角だけでなく、十大主星もそうですよね。
人間、算命学を知らなくとも無意識にちゃんと自分に欠けているものを欲するものです。
そしてそこがどーもしっくりこない、頑張ってるのにすっとこどっこいだからこそ『どうにかならんの?』と常に薄っすら気にかかる。
そこでそこに執着し極端にないものねだりに走るのか、もうええわと全部投げて自暴自棄に走るのか。
そうじゃないぞー極端じゃなくて中庸が大事やぞーというのが算命学ですね。
いや~算命学を知っていてもですね、天中殺の影響を軽くしたりなくしたりできるわけではないのです。
高尾先生風に言うと
人生という山を登るのに、普通の人は地図なしで登る。
でも算命学を知っていれば、地図を持って山に入れる。
なので道を誤って別の山に登ったり、崖からうっかり落ちたりするようなことは避けられる。
けれども地図を持っていようがいまいが、山を登る負荷は同じなのです。
同じなのです。
きっとゲーム感覚でチャレンジを楽しめるようになるといいのでしょうね。欠けの部分を把握した上で。
本日もお読みいただきありがとうございました。
しかし天中殺の勉強は面白いのですよねぇ。ホント面白い。
これ算命学の中で一番面白いところでしょう。
何度も何度も噛んで噛んで噛み締めまくってもずっと美味しい味が出てくるスルメみたいなものですよ。
William Gropper – Clothesline – c.1935
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