江原啓之さんの死生観が

この世は短期間の仮の居場所なのだから、各々好きに過ごすのが正解。
そしてあの世への帰還は悲劇とは無縁のもの

最近美輪明宏さんがお亡くなりになって

『オーラの泉』という番組あったよね?と思い調べはじめ、江原さんという方に辿り着き。

わたくしこの番組は実は1度も見たことがございません。番組スタート時にはもうドイツにいたからです。見たかったなあ。

この方、YouTubeでも多く出演されているのですね。最近になって初めて知りました。そして色々お話を拝聴していたのですが

わたくしと同じことを仰っている!

この世では『死』は忌むべきもの、悲しいこと、不幸・・・などということになっていますが、一体なぜそうなるのかさっぱり分からない。別に前にいたところに帰るだけでしょ?何が駄目なの?
我々の本当の居場所はあちらの世界。こっちにはほんの少しの間だけ居させてもらっているだけ。
向こうの世界にすればこちらの世界に生まれてくるということは『ああ…大変ね、あっちの世界に行くのね。辛くても頑張って、またこっちに帰ってこれば大丈夫だからね。』という感じ。
そしてこちらで死を迎えれば、あちらの世界では『おぉ~おかえり~!大変なところからよく帰ってきたね、ご苦労さん♪』と大変喜ばしいことなのです。

ホ!ン!マ!それなっ!!

動画を観ながら、本を読みながら、『そうそう、そうやねん!』と膝を打つこと限りなし。

その辺の死生観という、生きる上での根本的な価値観や常識が異なると、どうしてもあらゆることの見方や判断が周りの人と大きく大きくとてもズレます

わたくしは(何度も書いておりますが)あと数年で天に召される気満々で生きております。後天運見て、ど~~~考えてもその辺がベストだろうと。
注:私が決めることではありません。天のご意志のままに、ですよ。
でも別に今辛くて苦しくて人生が嫌で嫌で・・・みたいなのは皆無です、皆無。それなりに楽しくボチボチ生きております。

それはこの世での幸・不幸の度合いと全く関係ない。
自分の家から友達の家に遊びに行って、楽しく時を過ごしました。楽しかったからもっとそこに居たいと10年も20年も居ませんよね?友達の家はそんなに長くいる場所じゃない

学校が楽しい。
だからといって100年も200年も居座っていたら変じゃないですか。
そこはそんなに長くいる場所ではない

そして一時滞在場所から本当の居場所(メイン拠点地)に帰る時、それが忌むべきことで、悲劇で、不幸であるという人がいたら『頭大丈夫…?』となるのと同じ。

その辺の感覚というか知識が、この方は私と完全に同じだなと。

しかしホント、この世は長くいる場所じゃないよ、と最近日に日にそんな感覚が増しています。
ささっと勉強を終えたらささっと卒業。
私はドイツの大学でも『ここに長くいても仕方ないな』と思ったので、ばばばーっ!と一気に単位を取って1ゼメスター早く卒業したのですが、あの時と全く同じ感覚。

いや、いいのですよ。
この世が楽しいからできるだけ長く生きたい。素晴らしいことではありませんか!
でももっと他の感覚も許容されていいし、あの世とこの世の本当の仕組みがもっと広く知られていい

そして水木しげる先生だったでしょうか?
『この世は通過するだけなので、別に気張らなくてもいい』と
どんな過ごし方をしても、本人に後悔なければそれでOK。

ただわたくしは

この世に生まれてくるのは絶対にこれが最後にするからな

と決めているので、テーマを決めてそれをやり残しなく突き詰めるだけなのです。

本日もお読みいただきありがとうございました。

なので『死』というのはこんな恐ろしいイメージで考えなくていいのです。いやホント、何でこうなるんだろうね・・・??

Death and the woodcutter, 1859 Jean-François Millet

まだこのほのぼの骸骨ちゃんワールドの方が全然マシですよ。

The Garden of Death circa 1896, Hugo Simberg

余談:
もっというと、私にとって『死』帰還であり救済でしかないので、大犯罪人に死刑!というのを見ると

ぬぅぁ~~にをそんな褒美を取らせて救済していやがる!?

と思っちゃうのです。

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