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感情論と事実

 

感情論と事実をごちゃ混ぜにするのはとても危険だと思う。

あるものをないことにはできないし、ないものをあることにもできない。

それを誤魔化すために感情論に持っていって何となく納得した気分になっても、後で困るのは自分。

 

あるものはあるし、ないものはないんだよ。

 

人生 みたいなマクロの場面でも

勉強とか仕事とか食べ物 その他そういったミクロの場面でも同じ。

 

だから私は、自分に関わる全てのことは都合が悪かろうが楽しくなかろうが納得行くまで調べ倒して

一旦全て机上に並べて認識し、その上で自分の判断で取捨選択する。

 

最初からどこぞの誰かに 「 この中から選びなさい 」 と選択肢を渡され

その中から選ぶことだけを許されるとか

論外。

 

一体誰の人生を生きてるの?

 

私の人生を生きてるのは私であり、選ぶのも私。

 

自分を大事にするというお題目の元に

片っ端から臭いものに蓋をしてまるで何もないかのように振舞うというのは違うなあとよく思う。

 

というよりとても気味が悪い。

それ全然自分を大切に出来てないよ?

私はそういう生き方はしない。

 

苦労は買ってでもしろ とかそういう話ではなくてね。

無駄な苦労なんてしないに越したことはない。

そうじゃなくて、事実と感情論の混濁のお話でした。

 

クリスマス市、Germany 2016

Photo by Kayo

 

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