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静寂と調和、そして不協和音

最近このブログのプロフィールに

『 私の本質は ≪ 静寂 ≫ です 』

と書きました。

ふとこの言葉が頭の中に出てきて、それがもうこれ以上ないくらいドンピシャな表現で。

この一言を持ってから、自分の意識が自分の中心、自分の核・本質から浮遊してしまいそうな時、一瞬でスパッと地に足をつけられるようになりました。

私が

うるさいのは大嫌い、静けさは日常生活で必須 

という意味もあるんだけど

その うるさい・静か は音量だけの話じゃないんだな。

私は この世の全ての事象は ≪ ゆらぎ ≫ からなる と思っています。

人も思いも出来事もモノも全て。

で、

全てのゆらぎは独自の 大きさ・カラー・速度 を持っていて

一緒に居てぴったり合うゆらぎ同士もあれば、がちゃがちゃぎぃぎぃぶつかり合ってしまうゆらぎ同士もある。

後者は居心地が悪い、人同士じゃなくてもモノとの相性、場所との相性とかもある。

これはズバリ

前者は 調和 で

後者は 不協和音 なんだ。

私は音楽やってる時も、不協和音の入る曲が嫌いで嫌いで・・・ゲロー

現代音楽とかホント楽しくなかったんだけど

自分が中心に存在する自分の世界・自分の人生において

不協和音 を発生させるような ゆらぎ の存在を無理に我慢すると

自分にも、不協和音発生源の存在にも、ひいては世界にもマイナスしか生み出さない。

調和 か 不協和音 かの判断はそれこそ自分の核の反応

好き嫌いの判別だけでなく

これでOK と思ってた部分の中の 微細な違和感 も絶対に見逃さない

そうやって、自分の周りに自分と調和のとれるゆらぎだけを置くことによって

自分も周りも、そして自分の世界も 共鳴 が大きくなっていって

放っておいても勝手に世界は気持ちいい振動を強くしていって拡大していく

これが 人生は全て自分の意識的な選択からなって、その選択によって自分でどうにでも作り上げられる ということ。

そしてはじめに戻りますが・・w

私は 静寂

つまり ゆらぎの発生する土台・背景・空間 であり、且つ そこに存在する独自のゆらぎを持つもの

私という背景・空間から全てが生まれ、且つそこで取捨選択もできる存在。

だから 好き嫌いをどんどん極めればいい

皆仲良くお手々繋いでランラン♪ なんて学校で習うようなことは宇宙の彼方に放り投げてしまえ

集中すべきは 自分と調和のとれるゆらぎ の選択

ちなみに私にとっての 不協和音を生む存在 とは

そもそもの本質が 私というゆらぎと調和できない性質のもの という意味もあるけれど

そのもの自体に不協和音が発生してる存在 もあるよ。

その人やモノが、本質に沿わないあり方をしてる時、必ずその内部で不協和音が発生する。

それって外から見て五感では分かりにくくても、目に見えない世界の感覚でキャッチできることが多い。

なーんていうと、今の時代どこの世界に行っても不協和音だらけじゃないか~ にやり

って話ですが、それでも自分の感覚を信じて意識的に取捨選択はできるのだよね。

自分の直観に従い一つ一つの選択の中心に 調和 を据えて。

自分を大切にする、自分のご機嫌をとることで自分の内側を調和で満たす

そうやって初めて、本来の自分がどんな存在と調和するのかが分かる。

やっぱりスタートは自分なのだな グッ

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